顕正会の誤りについて:開眼について

顕正会の誤りについて

顕正会版日寛上人本尊は顕正会自作のニセ本尊です! 顕正会版日寛上人本尊には、本物と相違する決定的な証拠を残しております。 その真実をお教えいたします。パソコンの方はメールフォームで、携帯の方は管理人宛のコメントでご連絡ください。 ただし、現役顕正会員に限ります。          

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開眼について

コメント欄においてポリ銀さんより開眼についてご質問がありましたので、御隠尊猊下の「偽造本尊義を破す」の一部を抜粋して紹介いたします。

ポリ銀さんが知りたい答えがこの文章の中にあるかはわかりませんが、何度も読んで行間からその真意を掴んでいただけたらと思うものです。

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 ここに『教師必携』という書名が出てきますが、たしかに宗門の教師の心得としてそういう本があります。それを取り上げて、そのなかに諸式範例を詳しく述べているにもかかわらず、開眼については数珠の開眼だけであることを言い、さらに「第三章 授戒並びに御本尊下付」について、その「第一節 授戒式」と「第二節 御形木御本尊下付」には全く開眼のことはなく、さらに「第三節 常住御本尊等の下付並びに信徒宅入仏式」には、開眼が行われていないどころか、信徒が自分で御本尊を完成させることになっている、と浅識の言を吐き、以下、「総本山より寺院へ御本尊が下付されてきたとき、住職は直ちに内拝を行い……」以下、入仏式に至るまでの手続きの文を挙げ、「そしてこの後は安置後に末寺住職が勤行をするだけなのです。『法主の開眼』などは、どこにも一切記載されていません」と、鬼の首でも取ったかの如く、法主の開眼祈念のないことを主張し、開眼の不必要を論証せんとしております。

 要は、開眼というのは数珠のことしかない、だから宗門に開眼などというものは何もないんだ。したがって、宗門は創価学会の本尊のことを、開眼をしていないから『ニセ本尊』だと言うけれども、それは違うんだ、ということを言いたいのです。しかし、これは全く、素人の浅ましさであります。

 そこで、まず彼等は開眼供養について知ったかぶりを発揮し、『本尊問答抄』と『四条金吾釈迦仏供養事』のなかの二文を引いて、「開眼供養は法華経(南無妙法蓮華経)の力によってのみ可能」で、坊主の力によらないことが御書を読めば明らかだと、慢・不遜の言を吐いています。しかしこれは、一を知って十を知らず、総じての法華経の功徳の文にのみ囚われて、自らの破法による別しての罪業に全く無知なのであります。

 開眼供養も、その他の一切の法華経による祈念の功徳を得ることも、すべて法華経を正しく信得した者にして初めて可能です。しかるに、池田大作やその配下の者どもは、法華経の心に背いた大逆ある故に、いくら法華経を信じたと思い込み、なずきを砕いて祈っても、正しい功徳は成就しません。『松野殿御返事』に、

  「但し此の経の心に背きて唱へば、其の差別有るべきなり。此の経の修行に重々のしなあり(乃至)悪の因に十四あり。一に慢・二に懈怠・三に計我・四に浅識・五に著欲(乃至)十四に恨善なり」(御書一〇四六ページ)

と示される十四誹謗の一々を池田や創価学会に当てはめるとき、世の中にこれ以上ぴったり契合する者どもは外にありません。したがって、彼等がいくら口先だけ、有り難い御書の御文を引いて功徳を誇ろうとも、事実においてその徳は成就しないのです。

 すなわち、彼等が我意・我見を逞しくして、坊主の力などによらないと御書を錯誤して僧宝を軽蔑する心中は、まさに慢、計我、浅識等であり、開眼供養の根本精神たる妙法に背いているのです。つまり「此の経の心に背」いているのであり、宗祖大聖人の呵責はまさに彼等に当たります。

 次に『教師必携』について一言しましょう。

 だいたい、この『教師必携』という書は、宗内一般教師が色々な寺務を執る上に必要な知識を記した書なのです。したがって、法主とか管長について「かくの如くすべし」という事柄を記すべき性質の書物ではないのです。その名称が明らかにそれを示しているではありませんか。

 そこに「管長心得」とか「法主心得」とあれば別ですが、全ページことごとく、一般教師の寺務心得であり、したがって、御本尊に関して法主の行う一切の事柄が『教師必携』に指示とか規定など、あるはずはない。こんなことはたとえ素人でも、少し信心のある人なら明らかなことです。創価学会は、信心、信心と言いながら、謗法にまみれた不信心に徹底しているから、このような普通以下の誤りを犯すに至るのであります。

 まず、創価学会の挙げる『教師必携』の第三章第三節の説明文、「総本山より寺院へ御本尊が下付されてきたとき」以下の文が、既に御本尊様が総本山の手から離れて末寺に移った段階からのことを示しているでしょう。つまり、総本山の手から離れた段階から、御本尊に関する教師の心得の説明は始まっているわけなのです。

 総本山においては、歴代上人より現住・日顕に至るまで、こと御本尊に関する一切はことごとく、かたじけなくも諸仏成道の刻みである丑寅の勤行において、下種本因の四妙たる妙境・妙智・妙行・妙位の正義をもって、事の一念三千の御本尊に対し奉り、開眼草木成仏の深意により、妙境妙智一体不二の御祈念を申し上げておるのであります。この行事は、書写本尊、形木本尊その他、一切を含めていささかの例外もありません。

 また、創価学会がいくら歯ぎしりしようとも、譲座本尊の本義による代々の法主の仏法伝承の位は、厳然たる事実なのです。

 そして、これは法主の権限ですから、『教師必携』に書くべき事柄ではない。しかし、この事例を見聞する宗内の僧俗が、この宗門の丑寅勤行において法主によって祈念せられた意義と事象について非常に尊く思い、これを「開眼の本尊」として、創価学会が勝手に製造した、特別の丑寅勤行の祈念もない『ニセ本尊』と区別をしたのであります。

 故に、本尊に関して、総本山伝統の敬虔な祈念をもたない創価学会の本尊を『ニセ本尊』として区別する一つの証左として「正宗の本尊に開眼あり」と言うのは当然なのです。

 また、これはあとからも出てきますけれども、師僧背逆の離脱謗法僧どもが「御本尊の祈念を、我々が見たことがないから、そういうことはなかった」などと言っておるようですが、法主自らの権限事項をそんな小僧どもに教える必要もない。私は今も所化・小僧に対して「今日はこうこうで、こういうことをしているんだ」などということを、ひとことも言ったことはありません。だから、あの離脱僧どもは何も知らないでいたわけです。それで今になって、「開眼はなかった」などと創価学会の者どもに言ったりしているらしいけれども、そんなものは問題になりません。あるいは、創価学会に習った虚偽策謀の言とも言えましょう。

 さらにまた、そのほかの種々の推測や独断は、『教師必携』の読み方も判らない学会の低俗な迷想である。法主・管長のことは『教師必携』に規定がない道理とともに、もう少し頭を冷やして文章を正しく読め、ということを言っておく次第であります。

(創価学会の偽造本尊義を破す 56~60ページ)


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Comment

NoTitle 

けっこうわかり易いのは「創価学会のいうことはこんなに間違っている」の182ページ~184ページかもです。

自分もそのパクリのような記事を以前に書いていますので良ければ参考にどうぞ。

http://blogs.yahoo.co.jp/no_sleep502goal/8571580.html

さらに同書の192ページ~197ページでは、この記事の「偽造本尊義を破す」も引用されながらもう少し詳しく書かれているようですね。

ありがとうございました 

トチロ~様打ち込みだけでも大変だったと思います。ありがとうございました。

丑寅勤行は重大意義があるのですね。夏期講習会や一泊での登山ではぜひとも参加しなくてはいけませんね。

セロリさんへ 

いやぁ~まったく気づきませんでした…。

「創価学会~」の本は学会員への折伏の直前にパッと目を通すだけだったもので、いやはや何ともお恥ずかしい限りです。

しかしながら、やはり中身は濃いですよね。改めて感心しながら読ませていただきました。

この中の日因上人の御指南や、日応上人の御指南も原文に目を通したいのですが、歴代法主全書は途中で止まってしまっているので、残念ですね…。

何かしら方法があったら教えてください。

  • posted by トチロ〜 
  • URL 
  • 2012.07/13 22:23分 
  • [Edit]
  • [Res]

ポリ銀さんへ 

気になさらないでください。

これはテキスト化してあったもので…。単なるコピペですみました。

開眼の必要性についてはセロリさんがご紹介してくださった「創価学会~」で腹に落とし込めるような気がします。

ただ、謗法化した者が所持している本物の御本尊様から魂魄が抜け出すという根拠をどうやって示すかが何とも難しいですね…。

だけど、どこかにその根拠は存在するのではないかと考えてます。

引き続き探してみます。

  • posted by トチロ〜 
  • URL 
  • 2012.07/13 22:28分 
  • [Edit]
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