顕正会の誤りについて:世界宗教だから国立戒壇はない 6

顕正会の誤りについて

顕正会版日寛上人本尊は顕正会自作のニセ本尊です! 顕正会版日寛上人本尊には、本物と相違する決定的な証拠を残しております。 その真実をお教えいたします。パソコンの方はメールフォームで、携帯の方は管理人宛のコメントでご連絡ください。 ただし、現役顕正会員に限ります。          

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世界宗教だから国立戒壇はない 6

前回の「国主を国家にすり替えている。」というのは、浅井会長が終始一貫つらぬいている会員を誑かすテクニックです。



以前に山門入り口さんのブログで書きましたが、国家安泰の方途は正報たる国主がこの法を立てるがゆえ、その国主が住する国土は安泰になるのであり、この国土自体は自らが意思を持つ有情ではなく、あくまでも正報に依存してその報いを決定する依報であります。“非情は有情に従う”の原則とはまさにこれであり、立正安国論を貫く依正不二の原理もまたそうなのです。


つまり、依報たる国土の安穏を祈るならば、まずはその原因たる正報の心を改革せよ。


というのが大聖人様の教えなのです。


ところが、浅井会長の手にかかるとそのあたりが混乱してくるのです。


浅井会長は国家を有情であると捉えています。一個の人格を持つ生命体だと捉えているのです。ここが大きな誤りなんです。


国家とはその国土に住する有情の集合体です。これは一念三千の観点から見れば衆生世間であります。そうです、衆生世間と国土世間は依報に立てわけられるのが一念三千の法門なのです。


それを無視して浅井会長は、非情であり、依報である国家をまるで生き物のように扱うが故に、会員は混乱してしまうのです。


この守護付嘱にしてもそうなんです。あくまでも守護付嘱を受けたのは国王であり、国主なのです。



それを何の断りも説明も無しに「国王=国家」として論じ始めるところに誤っていく根本原因があるのです。



正法による国王の心の変化が、国家安泰への道である。”



という大聖人様の仏法の一番根本的な考え方が浅井会長の論には欠如しているのです。




かなり寄り道をしてしまいましたが、次は彼の陳腐なたとえである美術品云々について書いていきましょう。



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Comment

 

浅井会長は、詐欺だと理解してやっているのだと思います(T_T) 要は、宗門の言ってることは悪で、日目上人の生まれ変わりである私の方が正しいのだから、僧侶の言う事をきくな。私が供養しなさいと言ったら、借金してでも従っていれば良いのだと(T_T) やくざの脅しに似た事をやってるんです。正に宗教詐欺であり、カルトなのです。公安から、第二のオウムと目されている程ですから(ToT)
  • posted by ドンチャン 
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  • 2012.06/29 11:02分 
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狭い考え 

狭い考えの浅井さんの言葉を信じた自分が狭い考えだったような気がします。
日本だけの仏法ではないのですから・・・

ドンチャンさんへ 

確かに浅井さんは確信犯の部分はありますよね。

もちろん、そう思い込んでいるという視野の狭い部分もあるかとは思いますし、どこをどう判断すべきかは個々人の裁量にゆだねられるのでしょうね。


  • posted by トチロ〜 
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  • 2012.07/02 08:53分 
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さくらさんへ 

これは難しい問題なのですよ…。

というのはですね、確かに報恩抄には、

「一つには日本乃至一閻浮提一同に本門の教主釈尊を本尊とすべし。所謂宝塔の内の釈迦・多宝、外の諸仏並びに上行等の四菩薩脇士となるべし。二つには本門の戒壇。三つには日本乃至漢土月氏一閻浮提に人ごとに有智無智をきらはず一同に他事をすてゝ南無妙法蓮華経と唱ふべし。此の事いまだひろまらず。一閻浮提の内に仏滅後二千二百二十五年が間一人も唱えず。日蓮一人南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経等と声もをしまず唱ふるなり。」(平成新編御書1036ページ)

とあります。つまり仏様の願いは正法による一切衆生の救済にあるわけです。しかしながら、ここの冒頭にもあるように「日本乃至」との特別な断りが挿入されていること、また、

「剰え広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へんことは大地を的とするなるべし。」(平成新編御書666ページ)

「たゞをかせ給へ。梵天・帝釈の御計らひとして、日本国一同に信ずる事あるべし。」(平成新編御書1123ページ)

「今日蓮もかくの如し。かゝる身となるも妙法蓮華経の五字七字を弘むる故なり。釈迦仏・多宝仏、未来日本国の一切衆生のためにとゞめをき給う処の妙法蓮華経なりと、」(平成新編御書667ページ)

との御金言に拝せるように、日本が特別な国土であるということには目をつぶってはいけないと思うのです。

もちろん、一切衆生、一天四海との表現の延長線上には日本国一国にとどまらない広がりは考慮に入れる必要はあるかと思います。


その双方の関係性をどのようにバランスをとっていくのが正しいのか…。

これはそのうち日記上で取り上げてみたいと思います。

結論として、まったく世界への広がりを無視している顕正会の論は誤りではあるものの、そうそう目くじらを立てるほどのことでも無いのかな?というのが、私の感想です。

  • posted by トチロ〜 
  • URL 
  • 2012.07/02 09:18分 
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NoTitle 

確かに日本国は特別でとらえ方が難しいですね。
日本から広がる・・・
御金言の捉え方の難しさを感じます。
また来ますm(__)m

 

僕んとこの支隊長と話したとき、あんまり国家国家ウルサイから、どこに国家で保つとか書いてあんの?って聞いた。

するとお約束通り、三秘抄の「王法仏法に云々」を出してくるのですが、アサイさんが王法は国家権力と断定したから、そこから話が前に進まないんですよね、頭ガチガチで(-。-)y-~
  • posted by §ASAGI§ 
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  • 2012.07/04 13:09分 
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さくらさんへ 

確かに御書を正しく拝するのは難しいです。

結局、血脈を御所持の御法主上人猊下の御指南を唯一の拠り所として拝していかなくてはいけないのだとつくづく感じます。

勿論、それを私どもに理解できるように噛み砕いてご指導くださるのが指導教師たる御住職様だと思います。

ですから、とことん御自身の指導教師である所属寺院の御住職様にお尋ねしていくべきだと思います。

この日記の続きは、あとは大した内容ではないですから、さらに寄り道をしてこの件に関して書いていきましょうね。

また寄ってみてください。

  • posted by トチロ〜 
  • URL 
  • 2012.07/04 20:15分 
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§ASAGI§さんへ 

いやいや非常に難しい問題ですね…。

浅井会長は

〝「王法」とは、広義には国家、狭義には国家に具わる統治主権・国家権力、さらに人に約して国主・国主の威光勢力等を意味する。つまりすべて国家統治にかかわる概念である。御書四百余篇における用例、ことごとくこの意であられる。汝のいう「あらゆる生活の原理」などの意は微塵もない。往(ゆ)いてこれを検(しら)べよ〟

と申されますが、私は青字の部分は間違い、赤字の部分は正しいと思っています。しかしながら、王法とは浅井さんが申されるような国家権力だけではないはずです。

邪義破折班が申されるように、

「今日、王法の解釈をするならば、王法が政治内容だとするのも、なお不充分であり、「王法イコール政治をふくむあらゆる社会生活の原理」とならざるを得ないのである。
(国立戒壇論の誤りについて三九頁)
なかんずく王法とは御書の意に準じて考えるに、王の存在、在り方、王の政治ならびにその内容等を含む広い概念であり、今日では民衆による政治を含む社会生活の原理と考えることが適正である。
(本門事の戒壇の本義二九頁)
と述べられたことについて邪難している。しかしこれらの解釈は、現代社会に即して王法本来のあり方を述べたものである。『四条金吾殿御返事』に、
夫仏法と申すは勝負をさきとし、王法と申すは賞罰を本とせり。故に仏をば世雄(せおう)と号し、王をば自在となづけたり。(新編一一七五頁)
と説かれているように、王法とは王の法である。つまり主権在民の現代にあっては、国民の総意に王の意義が存するのであり、その生活上の善悪に対する賞罰の法なのだから、王法に「あらゆる生活の原理」を含むことを教示されたのである。すなわち原理とは、善悪に関する因果の理法であり、これに一切を含むことは当然である。故に汝の〝「あらゆる生活の原理」などの意は微塵もない〟などの言が欺瞞に過ぎないことは、この御金言に明らかである。日顕上人の説かれる「王法イコール政治をふくむあらゆる社会生活の原理」とは、王法の語が仏法すなわち出世間法に対する世間法の全体に通じていることを示されているのである。」

との著述のように、現代の世の中では国民に国主の一分の意義が備わる以上は、もっと広い観点の上から見ていく必要があるのだと思います。

かといって、守護付嘱に代表されるような国主の持つ権力もまた無視してはいけないとも思うのですね…。


いやはや難しいものです。


というわけで、ポリ銀さんも厳虎さんのブログでお考えをのべておられましたので、私も少しばかりそれについて書いてみたいと思います。


  • posted by トチロ〜 
  • URL 
  • 2012.07/04 20:47分 
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