顕正会の誤りについて:世界宗教だから国立戒壇はない 1

顕正会の誤りについて

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世界宗教だから国立戒壇はない 1

今頃気づいたのですが、今年は三級試験はやらなかったのですね…。

何故やらなかったのでしょうか…。

まぁ良いでしょう、未来永劫に同様の問題を出す気が失せるように今のうちに叩いておきましょう。


****************************


問四 「世界宗教だから国立戒壇はない」のたばかりを破折せよ。



『阿部教学部長はいう
 「大聖人の仏法は、一国に跼蹐するものでなく、広く世界民衆を救済する世界的宗教の最たるものである。この点から国立戒壇論の執見を教訓したい」(悪書1)
 「世界宗教としての大聖人の本質より見て、苟も狭い一国の枠における国家主義的な執見に囚われてはならない」(悪書2)と。
 これも逆さまの論理である。世界宗教だからこそ国立戒壇が必要なのである。』(正本堂の誑惑を破し懺悔清算を求む196ページ)


一読して意味の理解できる者はいるのでしょうか?

はっきり言って私には理解できません。

特に赤字の部分は浅井会長お気に入りのフレーズなのでしょうが、まったくもって意味不明です。

また、この後の説明部分においても、法義的に裏付けの無いことや、勝手な独断で論を進めており、何ら説得力の無いものと化しております。


結局、浅井会長の言いたいことを推測するに、

日本国として仏法を守護する姿を示すことによって、全世界への広宣流布は進むのである。そのような世界に広める仏法であるからこそ国立戒壇が必要なのである。


ということなのでしょうか?


言いたいことは分かりますよ。言いたいことは理解できますが、何もこれは国家としての戒壇建立や国教化をしなくても成し得ることではありませんか。


ましてや浅井会長が根拠として出してきた守護付嘱は、国主に対してのものであり、これを直ちに国家と捉えることはあまりにも強引すぎるのではないでしょうか。


国家、国家、国家…。


何でもかんでも国家と結びつける思考回路が、真実を見抜く目を曇らせてしまうのです。


それでは次回から順次述べていきたいと思います。




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  • 2012.02/23 06:48分 
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