顕正会の誤りについて:戒壇の事と義 7(建物は無くても戒壇)

顕正会の誤りについて

顕正会版日寛上人本尊は顕正会自作のニセ本尊です! 顕正会版日寛上人本尊には、本物と相違する決定的な証拠を残しております。 その真実をお教えいたします。パソコンの方はメールフォームで、携帯の方は管理人宛のコメントでご連絡ください。 ただし、現役顕正会員に限ります。          

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戒壇の事と義 7(建物は無くても戒壇)

まずは戒壇の大御本尊様の事と義に関してです。


日蓮正宗において戒壇とは、

本門の本尊に向かって唱える題目が本門の題目であり、その場所を本門の戒壇という。」

といった明確な物差しがあるのです。三大秘法を一番簡単に表現した言葉です。


つまり、御開扉を受けて我々がお題目を唱えるならば、そこが昔の御宝蔵であれ、今の奉安堂であれ、そこは本門の戒壇となります。

また、修行の場である各寺院の本堂も、本門の本尊が御安置されているのですから、本門の戒壇となります。

さらには各家庭の御本尊様安置の場所も本門の戒壇となります。


その上でですが、寺院に於いても家庭に於いても、それは正式に御安置されているのですから、その建物は戒壇であると私たちは簡単に認識できるのですが、戒壇の大御本尊様に於いては、その由来から、広宣流布の暁に御遺命の戒壇を建てて、そこにおいて初めて正式に御安置される訳です。


つまり、それまでは蔵におしまいしているという認識が正確であり、広宣流布以前は戒壇の大御本尊様には「戒壇という建物は無い。」ということなのです。


それでは、広宣流布以前に戒壇の大御本尊様を拝んでも功徳は無いのでしょうか?たとえ御開扉を申し出て内拝させて頂き、本門の本尊に向かって本門の題目を唱えても、肝心の戒壇は広宣流布以降に建てられる訳ですから、三大秘法は成就しない(そこにおいて形は整っていない。)わけですよね?


しかし、その考え方は間違っているということを日寛上人は申されているのです。


そこにおいて、冒頭の日蓮正宗における「本尊と、題目と、戒壇のとらえ方。」という基本的考え方が出てくるのです。


日寛上人の六巻抄の依義判文抄には、法華経の神力品を引かれて、「題目修行の場所や、本門の本尊所住の処は、戒壇という建物が無くても、その場所は義理に於いて(意味合いに於いて)戒壇と言えるのである。」と説明されているのです。


つまり、「戒壇の大御本尊様は広宣流布以前には正式な戒壇という建物は有りませんが、本門の御本尊がおわしますゆえ、その場所は義理に於いて(意味合いに於いて)戒壇だ。」と言ってらっしゃるのです。


これが広宣流布以前の戒壇の大御本尊様の御在所を「義の戒壇」と呼ぶ根拠なのです。


そういった理由で「義」と呼ばれているのだということを、本日は徹底的に腹の中に落とし込んで下さい。 .
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