顕正会の誤りについて:「正本堂」に就き宗務御当局に糺し訴う

顕正会の誤りについて

顕正会版日寛上人本尊は顕正会自作のニセ本尊です! 顕正会版日寛上人本尊には、本物と相違する決定的な証拠を残しております。 その真実をお教えいたします。パソコンの方はメールフォームで、携帯の方は管理人宛のコメントでご連絡ください。 ただし、現役顕正会員に限ります。          

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「正本堂」に就き宗務御当局に糺し訴う

「『正本堂』に就き宗務御当局に糺し訴う」における、第一回正本堂建設委員会に対する浅井さんの会通の部分、「七、御当職上人も事の戒壇と仰せ給わず」を紹介いたします。


顕正会員の皆さんは何度も何度も繰り返して読み込む必要があるかと思います。



****************************


七、御当職上人も事の戒壇と仰せ給わず



 正本堂が事の戒壇である事は、昭和四十年二月十六日の第一回正本堂建設委員会に於ける日達上人の御説法に依って決定された、と学会ではしきりに強調している。されば会長の発誓願文に於ても二カ所、御供養趣意書にも、その他の講演に於ても、至る所で「猊下の仰せに基く」旨の発言が見られる。

 
 しかるに不思議なるかな、いま猊下の御説法をつぶさに拝し奉るに「事の戒壇」なる文字はもとより、その義・意すら見られない。いやむしろ、よくよく拝せば否定すらしておられる如くであられる。ここに猊下甚深の御説法を濫りに会通し奉るは恐れを感ずるが、いますべてを決する鍵は此処に在すことであれば、止むなく重要部分を六段に分け、以て註し奉る。



第一段


「さて正本堂についていちばん重大な問題は、どの御本尊を安置申し上げるかということでございます。過日来いろいろなところで質問され、またこちらにも問い合わせがきておりますが、それに対して、私ははっきりした答えをせず、ばくぜんとしておいたのであります。いよいよ、きょうこの委員会が開かれるにあたって、初めて私の考えを申し上げておきたいのであります。」



私に云く、  御説法の始め、まずその意義と目的を宣示し給う。




第二段


「大聖人より日興上人への二箇の相承に『国主此の法を立てらるれば富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり』とおおせでありますが、これはその根源において、戒壇建立が目的であることを示されたもので、広宣流布達成のための偉大なるご遺訓であります。」



私に云く、   大聖人の御遺命は本門寺の戒壇建立に在ることを第一に示し給う。




第三段


「これについて一般の見解では、本門寺のなかに戒壇堂を設けることであると思っているが、これは間違いであります。堂宇のなかのひとつに戒壇堂を設けるとか、あるいは大きな寺院のなかのひとつに戒壇堂を設けるというのは、小乗教等の戒律です。小乗や迹門の戒壇では、そうでありましたが、末法の戒律は題目の信仰が、すなわち戒を受持することであります。よって大御本尊のおわします堂が、そのまま戒壇であります。したがって、大本門寺建立の戒も、戒壇の御本尊は特別な戒壇堂ではなく、本堂にご安置申し上げるべきであります。それゆえ、百六箇抄には『三箇の秘法建立の勝地は富士山本門寺本堂なり』と大聖人のお言葉が、はっきりご相伝あそばされております。また同じ百六箇抄の付文に『日興嫡嫡相承の曼荼羅を以て本堂の正本尊と為す可きなり』と、こう明らかにされておるのでございます。」



私に云く、   未来の大本門寺に於ける戒壇の相貌をこの段に明し給う。所謂、本門寺の戒壇は小乗・迹門のそれと異り、特別な戒壇堂を設けるにあらず、大御本尊まします本堂即戒壇なりと。而してこれを証するに百六箇抄の二文を挙げ給う。


 但し、ここに大注意を要す一事あり。猊下の御意を歪曲する者はこの百六箇抄に於ける「本堂」を即いまの正本堂と為す。これ誤りの中の誤りなり、法義の歪曲これより生ず。猊下のここに説き給うはあくまで来来広布の暁に於ける大本門寺の本堂なること文に在って分明なり。猊下自ら「したがって大本門寺建立の戎も」とせられ、またそれを証する百六箇抄の初めの文には明らかに「富士山本門寺本堂」とある。更に「日興嫡嫡相承云々」の聖文また事の広布の暁の大大本門寺(ママ)の本堂を指し給うは言をまたず。されば日応上人は此の文を引き「是れぞ全く吾山に蔵する戒壇の大本尊なり。此れ事の広宣流布の日、戒壇堂に安置し奉るべしとの詔勅なり。故に開山より目師への譲状に“日興が宛身所給弘安二年の大御本尊”との玉ひしは是れなり、乃至宗祖は“日興嫡嫡相承之曼荼羅を一天広布の日には本堂の正本尊となすべし”との玉ひ、又興尊は“日興が宛身所給弘安二年の大御本尊”との玉ふて、両尊異口同音に之を宣言し玉ふ」(辨惑観心抄)と。明文白義天日の如し。



第四段



「したがって、その曼荼羅を現在では大石寺の本堂にご安置することが、もっともふさわしいと思うわけであります。戒壇の大御本尊は大聖人ご在世当時、また日興上人がいらした当時、身延山で本堂に安置されていたものであります。また当時は大聖人のおいでになるところが本堂であり、ご入滅後は御本尊のおわしますところが本堂となってきたものであります。そして本堂で御本尊に信者が参拝したのであり、大聖人ご在世当時、身延へ参拝しにきたのは、信者だけですから、だれでも直接に御本尊を拝めたのです。したがって今日では、戒壇の御本尊を正本堂に安置申し上げ、これを参拝することが正しいことになります。」




私に云く、    未来大本門寺の本堂に準じて、現在大石寺に於ても御安置は本堂がふさわしき旨をこの段に仰せ給う。但し、ここに仰せの現在の本堂とは即ち時を待ち秘蔵する蔵の意なり。応に知るべし。猊下の仰せは、時来るまでの、大御本尊まします蔵は即ち本堂、すなわち義の戒壇なりと云う事なり。故に本堂御安置の例を御在世に取り給う。更に云く、「御入滅後は御本尊のおわします所が本堂」と。御意明らかなり。



第五段



「ただし末法の今日、まだ謗法の人が多いので、広宣流布の暁をもって公開申し上げるのであります。ゆえに正本堂とはいっても、おしまいしてある意義から、御開扉等の仕方はいままでと同じであります。したがって形式のうえからいっても、正本堂の中でも須弥壇は、蔵の中に安置申し上げる形になると思うのでございます。」




私に云く、   正本堂即大本門寺本堂・即事の戒壇なり、と誤り解す者あるを慮りて、本堂と雖もなお未だ時を待つ蔵の意、即ち義の戒壇なるを重説し給う段なり。故に文中すでに「まだ謗法の人が多い」「広宜流布の暁をもって公開」「おしまいしてある意義」「御開扉の仕方はいままでと同じ」「蔵の中に安置申し上げる形」との懇ろの仰せを拝す。



第六段



「 正本堂の建立地につきましては「大御本尊は客殿の奥深く安置する」という御相伝があります。乃至、その客殿の前の不開門=勅使門=それから客殿、その奥が正本堂と、理想的な建設となるのでございます。」




私に云く、   此の段は建立の位置に約して正本堂は未だ時を待つ蔵なるを示し給う。釈するするに私の語を用いず。猊下御自らかって仰せ給うことあり。即ち、


「広宣流布を待ってはじめて本門寺を建立、戒壇の大御本尊様を安置し奉って事の戒壇建立という事になるのでございます。それまでは戒壇の御本尊をおしまい申し固く護る。先師方が客殿の後の奥深くに戒壇の御本尊をお護り申すという事を仰せられて居ります。我が本山の先師方のこれが心でございまして、客殿の後に奥深く戒壇の御本尊を蔵し奉る、しまっておく、広宣流布の暁迄はしまっておくということになる。乃至、戒壇の御本尊はどこまでも蔵の中にあるのでございます。誰がみても今の奉安殿は外から見ても立派である。然し戒壇の御本尊様のまわりを御覧なさい、石である。石で囲ってあるきりで蔵ではないか、そこに何を供えてあるか。乃至、樒の花を供えるのが本意であります。奉安殿の中に樒がありますか、ないじゃあないですか。乃至、その樒は客殿にあります。客殿に皆様が勤行において二回目に唱える奉安殿に向かって遥拝するあそこに樒がある。だからこれを以って推して行くと、戒壇の御本尊はどこまでも蔵の中にしまってある。蔵してあって拝むのは外から遥拝する。ただ特別に内拝の為にそば迄行って拝めるというのである。だから今度はその戒壇の御本尊のお出ましを願って始めてそこに本門寺の戒壇建立と云う事が出来上がるのでございます。お出ましは先程から申す所のいわゆる広宣流布の暁である」(大日連一六三号)と。

以って「客殿の億深く」の御意、また前段の「蔵の中に安置申し上げる形」等の御意争うに及ばず。

 
 正本堂の意義を決する御当職上人の御説法かくの如し。ここに思い浮かべるは奉安殿御遷座式に於ける、時の御法主・日昇上人の御説法である。

「血脈付法の法主を継げる日昇之を受納して戒壇本尊奉安殿と名付け、此処に戒壇本尊を永久に安置し奉るなり。時を待つべきのみ事の戎法とは之なりの金言を身に体して、必ず来るべき国立戒壇建立の暁まで守護すべし。時の法主も一心同体たるべきを確信する」云々と。

 時に応じて御宝蔵・奉安殿・正本堂と名は改まり、規模・荘厳は更るとも、厳正の法義いささかもゆるがず、歴代御法主御説法・御当職上人の御説法その規を一にして尊し、ここに自らの為に法主上人の御本意を歪曲する事なかれ。御本意すでに明かである。況や近侍し奉る宗務院教学部長・阿部信雄尊師の証言あるに於ておや。すでに公式の脚発言なれば之を載す。昨十二月二十二日総監殿の代理として見え給う時、御尊師「寡聞の放か」とは断るも「未だ曽って猊下一言も正本堂を事の戒壇とは仰せられず」と、三度に亘って言明し給う。これ猊座を守る御道念より出る勇気の御発言と肝に銘にて忘れず。

 以上、法主上人の御本意に準じて我等正本堂を事壇とせず。
これ理由の第五とする。

(富士 第139号 30~34ページ)





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