顕正会の誤りについて:御法主上人について

顕正会の誤りについて

顕正会版日寛上人本尊は顕正会自作のニセ本尊です! 顕正会版日寛上人本尊には、本物と相違する決定的な証拠を残しております。 その真実をお教えいたします。パソコンの方はメールフォームで、携帯の方は管理人宛のコメントでご連絡ください。 ただし、現役顕正会員に限ります。          

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御法主上人について

先の記事において私は日達上人に御遺命破壊のお言葉が存在するのか否かということを問題に致しました。



顕正会員さんは日蓮正宗内部のことについてほとんど知りませんから、御法主上人といえども“単なる一番偉いお坊さんだ”としか認識していないと思います。しかしながら、大聖人様の仏法においては唯授一人の血脈を御所持される御法主上人という存在は特別なものであり、誤解を恐れずに言うならば「現代における大聖人様」であり、「大聖人様の仏法そのもの」、「日蓮正宗そのもの」なのでございます。



つまり、法を習い伝える使命を受けて内側から御宗門を支えるお弟子さん方(日蓮正宗の御僧侶方のことです。)においても、また外側から御宗門を護っている檀那衆においても、全ては御法主上人から教えを乞う立場であり導かれる側なのです。



ですから、それらの人たちがいくら正本堂を御遺命の戒壇だと言っても、御法主上人猊下が一言「それは違う。」と否定したならば、日蓮正宗の公式見解は「正本堂は御遺命の戒壇にあらず!」になるのであり、ゆえに日達上人の御言葉に正本堂を御遺命の戒壇と決するものが存在するのか否かが一番の大事になってくるわけでございます。



それを前提にして昭和45年の『「正本堂」に就き宗務御当局に糺し訴う』を見ていくならば、その趣旨は「日達上人におかれては正本堂を御遺命の戒壇ではないとしているのに、僧俗こぞって「正本堂こそ御遺命の戒壇」と騒いでいるのはおかしいのではないか?」との問題提起になっているのです。




ようは御法主上人が正本堂を御遺命の戒壇と断定しないかぎりは、その他の僧俗がいくら騒ごうとも日蓮正宗が御遺命を破壊したとはならないのでございます。




そういった点を顕正会員諸氏には改めて認識していただきたいと思います。



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顕正会版日寛上人御本尊と、本物の日寛上人御形木御本尊には決定的な相違点が存在するのです。


そのような本物とは違う本尊に手を合わせてはいけません!




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