顕正会の誤りについて:国教でないから国立戒壇は無い 5

顕正会の誤りについて

顕正会版日寛上人本尊は顕正会自作のニセ本尊です! 顕正会版日寛上人本尊には、本物と相違する決定的な証拠を残しております。 その真実をお教えいたします。パソコンの方はメールフォームで、携帯の方は管理人宛のコメントでご連絡ください。 ただし、現役顕正会員に限ります。          

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国教でないから国立戒壇は無い 5

それではメインの部分に移ろうと思います。

浅井会長は何故国教化が必要なのかということを以下のように申します。


『これは逆さまの論理である。“国教にすべきでないから国立戒壇はない”ではない、“国教にすべきであるから国立戒壇が必要”なのである。』(正本堂の誑惑を破し懺悔精算を求む 194ページ)



この部分が最も主張したい箇所でありましょう。しかしながら、これは的が外れております。


御宗門の意見としては、大聖人様の仏国土実現の条件は、


『大聖人が「立正安国論」を鎌倉幕府に提出し諫言あそばされたことは、すなわち国主と雖も仏弟子としての自覚を喚起せしめ、その成仏を図る必要があり、また、その社会的影響が強いだけに、国主の行為が人間性の変革によって是正されることにより広汎な範囲の変革が可能となるからである。従って、いわゆる国家意志そのものを目標として権力者へ諫訴せられたのではなく、権力者の信心の開覚を中心としてそれを仏国土建設の一助と目されたのである。』(大日蓮 昭和51年3月号37ページ)


ということであります。すなわち顕正会流に言うならば、“正法授持による国主たる者の心法の変化が、言動の変化となり、その振る舞いの結果が真に安泰な国家の建設へと繋がるのである。”ということです。そこには形式的な国教化の意志表明などという条件は微塵も無いのであり、それを争点としているのではないのです。


その上で、国内だけに焦点を定めるのでは無く、大聖人様の御願業たる一天四海本因妙広宣流布という観点から考えるならば、国教化した場合のマイナス面が種々予測されるが故に、四悉檀の上からも、国教化すべきでは無いとの結論を導き出しているのです。


したがいまして、顕正会がこの両猊下の御指南を否定するならば、まずは大聖人様の立正安国の主眼が国主の心法の変化にあるのでは無い。ということを立証せねばなりません。


それを、その点は隠したままで、言葉尻をつかまえて、「国教にすべきでないから国立戒壇はない」と御宗門が安易に主張しているように会員に信じ込ませ、批判を繰り返すのは、論点のすり替え以外のなにものでもないのです。


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Comment

 

新潟の正安寺にて、あんぐらぁさんが御授戒を受けました(*^o^*) 元隊長ですよ! 皆で応援しましょう(^-^)
  • posted by ドンチャン 
  • URL 
  • 2012.01/08 22:07分 
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  • [Res]

良かったです。 

本日、イトマンさんから教えて頂きました。

新潟のこれからが注目されますね。

  • posted by トチロ〜 
  • URL 
  • 2012.01/08 23:08分 
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  • [Res]

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