顕正会の誤りについて:国教でないから国立戒壇は無い 4

顕正会の誤りについて

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国教でないから国立戒壇は無い 4

次に御隠尊猊下の当時のお言葉です。

『「大聖人の仏法に、国教ということは全くありえないし、かえって正しい弘通が阻害(そがい)されよう。その国教ということが全く排せられるべきものであるから、国立戒壇ということも当然必要がないのである」(悪書Ⅱ)と。』(正本堂の誑惑を破し懺悔精算を求む194ページ)

これは昭和51年に著された「本門事の戒壇の本義」の一節でありますが、浅井会長の引用部分の前には、なにゆえ国教としないのかの説明が分かりやすく書かれています。その部分を少し紹介致しましょう。



『大聖人が「立正安国論」を鎌倉幕府に提出し諫言あそばされたことは、すなわち国主と雖も仏弟子としての自覚を喚起せしめ、その成仏を図る必要があり、また、その社会的影響が強いだけに、国主の行為が人間性の変革によって是正されることにより広汎な範囲の変革が可能となるからである。従って、いわゆる国家意志そのものを目標として権力者へ諫訴せられたのではなく、権力者の信心の開覚を中心としてそれを仏国土建設の一助と目されたのである。』(大日蓮 昭和51年3月号37ページ)


『また御書の中に拝される公場対決についても、既成仏教界と権力機構の癒着という、当時の背景を考えねばならない。正論が通らず大聖人の主張を封じ込めようとした情勢に対し、最も有効に誤った癒着を矯し、かつ思想の正邪の決着をつける方法が公場対決であった。苟もそれにより公の権力で布教しようとされたものではないことを知らねばならない。』(大日蓮 昭和51年3月号37ページ)


『このようにその教法が偉大であり、より普遍的であればあるだけに、大聖人の仏法は決して一国とか一民族の範囲のみのものでなく、広く全世界に流布しその国々土地土地の民衆を救うべき必然性がある。』(大日蓮 昭和51年3月号37ページ)


『しかるに今日まだ世界の中には国教を定める国家が残存している。これはその宗教の閉鎖的孤立的状態を示すものである。少なくともその状態にある限り、現今あらゆる面で関連性を持ちつつある世界の国々の、共通した平和の目標にたいし進んで指導的立場と役割を持つことはできない。我が国としてもそれを模倣することは決して好ましいことではなく、むしろ時代に逆行というべきである。
 そもそも高等宗教は元来が政教分離的教義より出発している。原始古代宗教が政教一体であったのにたいし、個々の生命の内奥より出発する救済を標榜したのである。特に仏教において、その教えと政治そのものとは自ら次元が異なるのであって政治権力を持つ者も仏法の下には一箇の信徒にすぎない。従って個人の精神の自由と解脱を説く仏教が、国家権力の下に特別の扱いを求めることはその宗教本来の精神の抛棄につながるのである。』(大日蓮 昭和51年3月号38ページ)


このように縷々説明あそばされた後に、浅井会長の引用した結論部分に入るのです。しかしながら、これも前後の文があります。

それを意図的に削除すれば、日達上人のお言葉と同様に意味不明のものとなるのです。それでは、引用部分の全体を紹介致します。


日本の現平和憲法に規定された政教分離と信教の自由は、一般的立場からも有意義であることに変わりはないが、とくに世界民衆に真の自由と平和を招来すべき、唯一最高の大聖人の仏法が出現する国におけるものであるところに、無限の意義がある。まさに未来の世界民衆を導くための素地が制度的に確立したものというべきであろう。もし大聖人の仏法が国教ということになると、現在の国際間の状況よりしても信仰は日本一国にのみとどまり、全世界の人々が本門戒壇の霊場をふみ罪障消滅を祈ることは出来ないのである。
 世界民衆の一人一人に成仏の大道を示してゆく
大聖人の仏法に、国教ということは全くありえないし、かえって正しい弘通が阻害されよう。その国教ということが全く排せられるべきものであるから、国立戒壇ということも当然必要ないのである。今日の時代は特に世界宗教としての大聖人の仏法の本質より見て、苟も狭い一国の枠における国家主義的な執見に囚われてはならないのである。』(大日蓮 昭和51年3月号39ページ)


赤字で示した部分が、浅井会長が削除した部分ですが、この部分までも含めて読めば、御隠尊猊下の言わんとしていることは明瞭になります。

これは先に紹介致しました日達上人のお言葉を更に細かく我々に教えて下さった内容となっております。

顕正会員の皆様には、単に「国教」「国教」と叫ぶのではなく、なぜ国教化をしないのかということをじっくりと考えて頂きたく思うものです。


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