顕正会の誤りについて:教義上の問題?

顕正会の誤りについて

顕正会版日寛上人本尊は顕正会自作のニセ本尊です! 顕正会版日寛上人本尊には、本物と相違する決定的な証拠を残しております。 その真実をお教えいたします。パソコンの方はメールフォームで、携帯の方は管理人宛のコメントでご連絡ください。 ただし、現役顕正会員に限ります。          

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教義上の問題?

顕正会本部の家宅捜査について様々な方がご意見を書いておられますね。


私も一々うなづきながら読ませて頂いております。






ところで、実際の顕正会員さんたちの心理っていうのは一体どうなっているのでしょうか?





“折伏とは、「破折屈服」の意味であり、大聖人様も折伏することが成仏への道だと仰せになっている。つまり、仏様の仰せのままに私たちは行動しているのであり、その仏法と世間法が相対立するのならば、迷わず仏法を取るべきである。当に世間法をかさにして行われた今回の事件は法難であり、かえって喜ぶべき事であろう。そして、その背景に存在するのは正法を憎む輩であり、その筆頭は言うまでも無く創価学会である。全顕正会員はこの法難に臆することなくより一層の信心を奮い起こして、更なる折伏戦を展開していくべきである。"





と、まぁこんな感じでしょうかね…。





全くの反省も懺悔も無い…。




これが現実でしょう。




この問題の根底にあるのは、「教義解釈」なんです。





どんなに世間の権力を利用して圧力をかけてみても、





「教義上の問題ですから。」




ってことで逃げられてしまうわけですよね。




つまり、日蓮大聖人の仏法自体がそのようなものであって、私たちはそれを純粋に全うしているだけです。私たちには何の罪もありません。もしそれが反社会的だというならば、大聖人様の仏法自体がそうなんでしょうね…。




ってな発想になるように顕正会員は洗脳されてしまっているわけです。





けどね、浅井さんが教える「折伏」というもの自体が、本来の大聖人様の「折伏」とは若干考え方が違うのですよ。






そこの違いが時間とともに顕在化して社会問題にまで発展している。





これが現実なんですね。





そこのところにまでメスを入れなければ、顕正会をむしばむ膿を絞り出すことは出来ないんじゃないかと私は思うのですね…。




















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Comment

教義上の問題というよりも・・・ 

浅井会長の個人的な「素養」の問題だと思いますが・・・

いくら「正法」を学んでも、他者を「信じる」事無く不平不満や愚痴ばかりの人は沢山いるように思います。

自己反省する事無く逆恨みしたりする人も多いと思いますよ。。。
  • posted by 少年A 
  • URL 
  • 2013.09/20 14:35分 
  • [Edit]
  • [Res]

錯覚 

教義上の問題でかたづける浅井さんの弁舌?を聞いているような錯覚に陥りましたw

正法を勝手に曲げて修行する行為は当然ながら地獄行きですね。

「私ならざる法門を僻案(びゃくあん)せん人は、偏(ひとえ)に天魔波旬(てんまはじゅん)の其の身に入り替りて、人をして自身ともに無間大城に堕つべきにて候。つたなしつたなし」(御書一三七〇ページ)

大聖人様の法門を勝手に曲げて考える人、及びそれに感化されて実践する人達は、ひとえに天魔波旬がその身に入り替わって、
他人と自身ともに無間地獄に堕としてしまうのであると戒められています。

顕正会員も浅井会長の弁舌を鵜呑みにするだけでなく、
御自分で御書や日蓮正宗、顕正会の歴史を比較して欲しいと思います。
  • posted by さくら♪ 
  • URL 
  • 2013.09/27 23:54分 
  • [Edit]
  • [Res]

少年Aさんへ 

私は最近つくづく感じるのですが…、

大聖人様の仏法は大良薬に譬えられますが、いくら大良薬であっても、飲み方、扱い方を誤れば、かえってそれは害を及ぼします。大良薬であるはずものが毒薬、劇薬となって私たちを苦しめてしまうのだと感じます。


だからこそそれを正しく服用せしめるだけの知識と経験を備えた方々が御僧侶として存在し、そして私たちを指導してくださっているわけです。


一方で顕正会等はその資格を持たない者どもが、薬だけを勝手に振り回すが故に、かえって人びとを苦しめる働きになり、何も知らない外部の方々は大聖人様の仏法自体に偏見を持つようになってしまっているのではないでしょうか。


この“折伏”という問題においても同様だと思います。相手の間違った思想を正そうとするわけですから、そこにおいては自ずと摩擦が生じるものです。


その摩擦が生じたとき、どのような姿勢で、どういった対処をすれば良いのかというデリケートな部分に関しては、やはりそれ相応の判断力と知識経験が無ければかえって大変なことになってしまうと思うのですね。


そこまでの配慮がされているのが御宗門であり、それを完全無視して危険な刃物を振り回しているのが顕正会だと私は思います。


さくら♪さんへ 

私は以前にこの信仰を「ふぐの料理」に譬えたことがあるんですね。

ふぐは非常に美味だとされておりますが、ふぐ自体には猛毒がございます。

ですからフグの調理免許を持った人しかさばくことは許されていない…。


御宗門の指導教師の免許も同じ道理だと私は思うのです。

大聖人様の仏法は、人々をあらゆる苦悩から救うただ一つの薬でございます。しかしながら、飲み方を間違えればとんでもないことになってしまう劇薬だとも思うのです。

ですから、全ての法華講員は必ず指導教師たる御住職様の指導の下にこの大良薬を服していくわけです。

浅井さんの論理…、顕正会の論理は、

「ふぐには猛毒があるんだから多少の事故があっても当然だろ?」

ってなもんなんでしょうね。


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