顕正会の誤りについて:浅井教のいい加減さ 1

顕正会の誤りについて

顕正会版日寛上人本尊は顕正会自作のニセ本尊です! 顕正会版日寛上人本尊には、本物と相違する決定的な証拠を残しております。 その真実をお教えいたします。パソコンの方はメールフォームで、携帯の方は管理人宛のコメントでご連絡ください。 ただし、現役顕正会員に限ります。          

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浅井教のいい加減さ 1

前回、『「お慕わしい」「有難い」と恋慕渇仰することが「信ずる」ことにあたる”ってえのは、どこに文証があるんですか?』と書いたんですがね…。



なんだよ、同じ講演で言及していたんじゃない…。




山門さんのブログを見て気づきました。




やっぱり原文に当たらないとだめですね。顕正会員のブログ記事だけで反論すると痛い目をみる…、

























ってなこと言うわけ無いじゃん!








浅井さんの講演が的を射ているものだったら頭も下げますがね、なんじゃこれ?????ってなもんですよ。








全くのでたらめ、こじつけ以外の何物でもない。







だいたいがですね、顕正会員さんは知らんのでしょうけど、寿量品ってのは御法主上人だけしか講義しちゃいけないもんなんですよ。それが日蓮正宗の伝統なんです。それだけ寿量品というのは奥の深いものなんですね。






それをですね、浅井さんごときの除名処分を受けるような一在家が偉そうに講義しちゃうから、こうやって突っ込みを入れられてしまうんです。






まぁ、罰でしょうな…。








ってなわけで、まずはここから斬っていきます。







それでは浅井さんの発言を見ていきましょう。




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 寿量品の長行には「心懐恋慕・渇仰於仏・便種善根」(心に恋慕を懐き、仏を渇仰して、便ち善根を種ゆべし)とある。


 仏様を恋慕渇仰することによって善根が種えられる、成仏の種が植えられると説かれている。


 また自我偈には「咸皆懐恋慕・而生渇仰心」(咸く皆恋慕を懐いて、渇仰の心を生ず)とある。


 これは広宣流布の時の姿ですよ。国中の人々がことごとく皆、日蓮大聖人に恋慕を懐いて渇仰の心を生ずると。そして一国こぞって「一心欲見仏・不自惜身命」の信心に立ったとき、戒壇の大御本尊は国立戒壇に御出ましになる、という深義が説かれているのです。



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まずは、「心懐恋慕・渇仰於仏・便種善根」の部分からですが、これを宗務院編集の「日蓮正宗 勤行要典の解説」から見ていきましょう。



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若見如来。常在不滅。便起憍恣。而懐厭怠。不能生於。難遭之想。恭敬之心。是故如来。以方便説。比丘当知。諸仏出世。難可値遇。所以者何。諸薄徳人。過無量。百千万億劫。或有見仏。或有見者。以此事故。我作是言。諸比丘。如来難可得見。斯衆生等。聞如是語。必当生於。難遭之想。心懐恋慕。渇仰於仏。便種善根。是故如来。雖不実滅。而言滅度。又善男子。諸仏如来。法皆如是。為度衆生。皆実不虚。                 


【訓読】


 若し如来、常に在って滅せずと見ば、便ち①憍恣を起こして、②厭怠を懐き、③難遭の想、④恭敬の心を生ずること能わじ。是の故に如来、方便を以て説く。比丘当に知るべし。諸仏の出世には値遇すべきこと難し。所以は何ん。諸の薄徳の人は。無量百千万億劫を過ぎて、或は仏を見る有り、或は見ざる者あり。此の事を以ての故に、我是の言を作す。諸の比丘、如来は見ること得べきこと難し。斯の衆生等、是の如き語を聞いては、必ず当に難遭の想を生じ、心に⑤恋慕を懐き、仏を渇仰して、便ち善根を種ゆべし。是の故に如来、実に滅せずと雖も、而も滅度すと言う。又善男子、諸仏如来は、法、皆是の如し。衆生を度せんが為なれば、皆実にして虚しからず。


【通釈】


 こうした人は、もし如来が、常に世にあって入滅しないものだと思ったならば、ほしいままに驕り高ぶる思いを必ず起こし、仏道に飽きて怠ける心を懐き、仏には値い難いという想いや、仏を恭く敬う心を起こすことはできないであろう。このために、如来は、方便を用いて『修行者よ、よく知るべきである。諸仏が世に出現することに出値うのは、実に難しいことである』と説く。それは何故であろうか。多くの善根を積まない徳の薄い者にとっては、無量百千万億劫を経て、ようやく仏に値える者もあろうが、また値うことができない者もある。こうしたことがあるために、私は『多くの修行者たちよ、如来に値うことは、実に得難いことである』と語るのである。この衆生たちは、こうした言葉を聞いて、必ずや『本当に仏には値い難い』との想いを生じ、心から仏を慕う思いを懐き、熱く求めて仰ぎ敬い、そして善根を種えていくであろう。このため、如来は、真実には滅することがなくても『滅度する』と語るのである。また、清浄なる者たちよ、あらゆる仏・如来は、皆、同様の法を用いて教化することを知るべきである。それは衆生を解脱させるためであり、すべてが真実であって虚偽ではない。


【語句解釈】


①憍恣……心がおごって気ままなこと。
②厭怠……厭は飽きること。怠はおこたり、なまけること。
③難遭……仏に遭いがたいこと。
④恭敬……仏・菩薩の振る舞いやその教法を慎み敬うこと。『大智度論』や『法華義疏』には、謙遜
  し畏れはばかることを恭といい、諸仏の智徳を思いやることを敬というとある。
⑤恋慕……仏を恋い慕うこと。
⑥渇仰……仏の徳を仰ぎ慕うことを、のどの渇いた者が水を求めることに譬えたもの。




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赤字の部分だけを見ると浅井さんの説ももっともかな?なんて思っちゃうんですがね、青字の部分が大事なんですよ。



ますは、何回も何回も読んでみてください。



自ずと浅井さんの浅はかさが見えてくることでありましょう。








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