顕正会の誤りについて:入信へ 5

顕正会の誤りについて

顕正会版日寛上人本尊は顕正会自作のニセ本尊です! 顕正会版日寛上人本尊には、本物と相違する決定的な証拠を残しております。 その真実をお教えいたします。パソコンの方はメールフォームで、携帯の方は管理人宛のコメントでご連絡ください。 ただし、現役顕正会員に限ります。          

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入信へ 5

平成16年1月28日。



こうして私は晴れて日蓮正宗信徒となりました。




それからの6年間はただひたすら自身の罪障消滅と、猊下様の平成21年の御命題だけを見つめて頑張ってきました。(注・現在は9年半ですね。)




その途上は言葉に表現出来ないような苦しみもありました。




人間の悲しい姿を幾度となく見せつけられました。



御本尊様の怖さと共に有り難さも数多く体験してまいりました。







今、こうして御開扉や御講にて御本尊様の御前に座ると、ただただそれだけで何とも言えない有り難さが心の底から湧いてまいります。





本当に自分ごとき者が、こうして御本尊様の御前に座ることを許して頂けている。それがどれだけ有り難いものなのか…。





この信心は決して生やさしいものではありません。「罪障消滅は命がけだ。」と仰っていた先輩もおりました。「最後は命を取るか、信心を取るかの選択だ。」と仰っている方もおりました。





「一切の私心を捨て去り、全てを講中に埋没せよ。」



私が講頭職を拝命する段における御住職様からのご指導です。これはまた御当代御法主上人猊下の総監さん時代のお言葉でもあります。



けっしてこれは極端な話ではありません。むしろそれだけの覚悟と行動が伴わなければ、誓願を達成することなど不可能なのです。





顕正会では当たり前に行われていることです。



もちろん、顕正会は邪教ですから、結果は破滅しか待っておりませんが、心意気は非常に正しいものなのです。



その姿勢自体を批判される方もおられるようですが、それはその方の信心への取り組み方がまだまだなのだと思います。甘さが残っておるのです。自分の身を捨てて人を救ってこその仏様の眷属なのです。俺が俺がの我が捨てきれないうちは、本当の功徳など積めないと思います。信心はお遊びではないのです。真剣勝負なのです。




しかしながら、本気で決意し、そして行動したときに仏様は必ずその人を救って下さるものです。それを実際に体験したとき、本当の意味で御本尊様の有り難さを実感することでしょう。




本物の大聖人様の仏法は予想以上の辛さを伴います。




しかし、予想を遙かに超える有り難さもまた与えて下さるものです。




残念ながら顕正会ではこの本当の有り難さを体験することは出来ません。




顕正会の皆さんは本当に純粋で真面目な方々の集まりであることは私自身よくよく存じております。ゆえに残念でならないのです。それだけの健気な努力が実を結ばないことに…。





心ある顕正会員の皆さん、是非とも勇気を奮い起こして一歩踏み出して下さい。



戒壇の大御本尊様は、そのようなあなた方が登山参詣される日を心待ちにされていることでしょう。






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