顕正会の誤りについて:国教でないから国立戒壇は無い 1

顕正会の誤りについて

顕正会版日寛上人本尊は顕正会自作のニセ本尊です! 顕正会版日寛上人本尊には、本物と相違する決定的な証拠を残しております。 その真実をお教えいたします。パソコンの方はメールフォームで、携帯の方は管理人宛のコメントでご連絡ください。 ただし、現役顕正会員に限ります。          

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国教でないから国立戒壇は無い 1

いよいよ年も明け、顕正会でも教学試験の月になりました…


が!、昨年の破折がまだ完結していないので、間に合うか分かりませんが、とりあえず昨年の続きを書いてみたいと思います。


どうせ毎年同じ問題の使い回しだろうし…。


昨年は三級試験の問1と問2に関して述べましたので、今回は問3から行きたいと思います。


************************

問三 「国教でないから国立戒壇はない」のたぱかりを破折せよ。


まぁ、結論から先に述べてしまえば、「国主たる者がこの信仰をし、その考え方や振る舞いが仏法に基づくものとなり、それが政治に生かされてきた状態をもって、正法がこの国に立てられたと見る。」わけです。すると、国は安泰になると…。

これが大聖人様の仏法の基本的考え方なのであり、そこには「明日から日本は御書を憲法がわりにしまぁ~~~す!」だとか、「日本国は今後一切あらゆる宗教を排除し、大聖人の仏法のみを国の行動規範とすることを、ここに公式に表明するものである!」などと国教として定めよとの意は存在しないというのが、御宗門の主張していることなんです。

それに対して浅井会長は

「御付嘱状の「国主此の法を立てらるれば」、四十九院申状の「国主此の法を用いて」とは、まさしく〝国教にすべし〟との御意ではないか。」(正本堂の誑惑を破し懺悔精算を求む194ページ)


と、吠えるのだが、


あくまで「国主」じゃん!どこに国家と書いてあるのでしょう?

っていうことなのですよ。どこまでも大聖人様の仏法は“心を持つ、人格を有する者”がその対象であり、そこに非情の国家は出る幕なぞ無いのです。


それを無理矢理に国家だ国教だと自分の考えを押しつけるから、ドンドン変な方向に行ってしまうのです。


それでは次回から浅井会長の引用された歴代御法主上人のお言葉に関して説明していきましょう。





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Comment

 

人間の幸せや不幸せは、体験しなければ解りません(^-^) 国教とか云々では無く、個人個人が身を持って解る事であり、実感できると思います(^-^)解るには御授戒を受けて、宗門の信心をやるしかありません(^-^) 顕正会の発言は、矛盾していると思いませんか?(T_T) 酔ってるもんですいませんm(_ _)m
  • posted by ドンチャン 
  • URL 
  • 2012.01/03 23:35分 
  • [Edit]
  • [Res]

ドンチャンさん 

そうなんです。

顕正会では、あくまで国教化の公式声明にこだわりますが、そこまでは大聖人様は仰ってはいないと思います。

国主が信仰をたもち、実質的に正法がこの国に立った時、依正不二の原理によって、この国は仏国土の相を現してくるものだと思います。

踏み込み過ぎた己義に執着し、一番大事なこと…、戒壇の大御本尊様への参詣が出来なくなった顕正会員は、何とも哀れだと言わざるを得ませんね。
  • posted by トチロ〜 
  • URL 
  • 2012.01/04 07:40分 
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  • [Res]

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