顕正会の誤りについて:本門の戒壇とは

顕正会の誤りについて

顕正会版日寛上人本尊は顕正会自作のニセ本尊です! 顕正会版日寛上人本尊には、本物と相違する決定的な証拠を残しております。 その真実をお教えいたします。パソコンの方はメールフォームで、携帯の方は管理人宛のコメントでご連絡ください。 ただし、現役顕正会員に限ります。          

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本門の戒壇とは

日寛上人の御指南を引用しだしたもので、みなさんの頭の中は?マークでいっぱいになっているかもしれませんが、もうしばらく我慢してください。



誤解を恐れずに噛み砕いて申し上げますと、




我々が成仏するための法とは三大秘法、




三大秘法とは、本門の本尊、本門の題目、本門の戒壇、




①本門の本尊とは戒壇の大御本尊であり、それは日蓮大聖人そのもの、




②その大御本尊を信じて唱え、成仏のための修行となるのが本門の題目、




③その大御本尊の所在および修行の場所となるのが本門の戒壇。






と、こうなるのです。これが日寛上人の御教示された三大秘法の要件です。






①に関しては当流行事抄に、


『問う、我等唱え奉る所の本門の題目、其の体何物ぞや。

 謂わく、本門の大本尊是れなり。

 本門の大本尊、其の体何物ぞや。
  
 謂わく、蓮祖大聖人是れなり
。』


(六巻抄200ページ)


と御説明されております。






また②、③に関しては、



『問う、若し爾らば三大秘法開合の相如何。

 答う、実には是れ一大秘法なり。一大秘法とは即ち本門の本尊なり、此の本尊所住の処を名づけて本門の戒壇と為し、此の本尊を信じて妙法を唱うるを名づけて本門の題目と為すなり。』

(六巻抄82ページ)



『金口の相承と申て一器の水を一器に瀉が如く三大秘法を付属なされて大石寺にのみ止まれり、未だ時至らざる故に直に事の戒壇之なしと雖も既に本門の戒壇の御本尊在す上は其の住処は即戒壇也。本尊に打ち向かひ、戒壇の地に住して、南無妙法蓮華経と唱る則は本門の題目也。志有ん人は登山して拝し給え』


(寿量演説抄)(歴全4ー145)





と、こう御説明あそばされております。更に③に関しては、





『故に百六箇の文意は本門戒壇の本尊所在の処を本門寺と号すべし』


(六巻抄68ページ)


『「今留在此」は即ち是れ本門の戒壇なり。此れ即ち本門の本尊所住の処なり、故に是れ本門の戒壇なり


(六巻抄98ページ)


「霊鷲山」とは即ち是れ本門の戒壇なり。故に御義口伝に又云わく「霊山とは御本尊並びに日蓮等の類南無妙法蓮華経と唱え奉る者の住処を説くなり」』


(六巻抄100ページ)




と、何度も何度も説かれております。


これらの御指南からは、「本門の戒壇とは、戒壇の大御本尊様の御在所であるということが第一義であり、そこから実際の戒壇建立という“事”が派生する。」ということが理解できます。







昭和45年4月22日の日達上人の御指南とは、まさにこのことを御説法されていたわけであります。



 

この大きな流れを掴んでいないと日達上人の御指南は理解できないわけであり、浅井会長が得意げに論をぶった、一期弘法付嘱書と結要付嘱の秘すべし秘すべしの意味などは全く的外れのイチャモンだったのです。







それでは次回から核心に迫ってみたいと思います。



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Comment

間違った解釈ほど恐ろしい事はない 

貴方の文面を引用します…

『金口の相承と申て一器の水を一器に瀉が如く三大秘法を付属なされて大石寺にのみ止まれり、未だ時至らざる故に直に事の戒壇之なしと雖も既に本門の戒壇の御本尊在す上は其の住処は即戒壇也。本尊に打ち向かひ、戒壇の地に住して、南無妙法蓮華経と唱る則は本門の題目也。志有ん人は登山して拝し給え』
(寿量演説抄)

『「今留在此」は即ち是れ本門の戒壇なり。此れ即ち本門の本尊所住の処なり、故に是れ本門の戒壇なり』

◎三大秘法を開けば六大秘宝になる戒壇には『事』と『義』があります

•事の戒壇=広宣流布の暁に国家意志の表明をもって本文の大御本尊を安置奉るべく建立される大霊場

•義の戒壇=広宣流布以前に戒壇の大御本尊まします所

つまり、広布の時至らず未だ事の戒壇の建立なくとも、事の戒壇に安置し奉るべき『本門戒壇の大御本尊』まします上は、その所は義(義理•道理としての意義がある)として本門戒壇に当たる。
…貴方が引用された本当の解釈が上記です。

  • posted by 広宣流布前夜 
  • URL 
  • 2014.01/06 21:09分 
  • [Edit]
  • [Res]

広宣流布前夜さんへ 

はじめまして。

顕正会員さんですね?

「事の戒壇の定義」に関しては自信がおありのことでしょうから、とことん対話を致しませんか?

早速本題に入ります。


◎三大秘法を開けば六大秘宝になる戒壇には『事』と『義』があります

•事の戒壇=広宣流布の暁に国家意志の表明をもって本文の大御本尊を安置奉るべく建立される大霊場

•義の戒壇=広宣流布以前に戒壇の大御本尊まします所

つまり、広布の時至らず未だ事の戒壇の建立なくとも、事の戒壇に安置し奉るべき『本門戒壇の大御本尊』まします上は、その所は義(義理•道理としての意義がある)として本門戒壇に当たる。



とのことですが、私はこれを否定はいたしません。

これは戒壇の大御本尊様という一か所のみを事相に約して立てわければ、自ずとそういう「事」と「義」になるのは誰しも理解の出来るものでありましょう。

しかしながら、日達上人が仰せになられた「事の戒壇の定義」とは、法体に約しての「事」「義」の立てわけなのです。

これは浅井会長も理解しているはずなんですがね…。

それでは私からも一つ質問をさせてください。

「すなわち広宣流布の時になれば、諸宗の本山・寺々に至るまでみな大石寺の末寺となって、嫡々の貫首上人が書写された本尊を安置するようになる。この処も枝葉として義の戒壇に当ると仰せられている。もちろん広布以前に嫡々書写の本尊を安置している本宗の末寺・在家の道場がその義に当ることは論を待たない。」(日蓮大聖人の仏法128ページ)(旧版 124ページ)

と、折伏理論書には書いてありますが、この嫡々書写の御本尊様の住処を「義の戒壇」とした場合、それに対応する「事の戒壇」は一体どこになるのでしょうか?

明確なるご返答をお願いいたしますね。


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