顕正会の誤りについて:折伏理論書の戒壇

顕正会の誤りについて

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折伏理論書の戒壇

さて、話を進めるにあたって今一度顕正会の折伏理論書を読み直したのでありますが、戒壇の事と義についての記述に関しては間違いはほとんどありませんな…。



唯一、最後の「近年に至って細井管長が“戒壇の大御本尊…」の一節に関してが、自らの除名処分を正当化するために御宗門を悪者にしようという意図がみえるぐらいでしょうか…。



この部分を当初の浅井会長発言である、


「申すまでもなく、猊下がたまたま仰せになられた「事の戒壇」とは、宗門古来の定義とは全く別な意味であられる。従来宗門に於ては、一天広布の暁に事相に立てられる国立戒壇を「事の戒壇」とし、その実現こそ宗門のいのちをかけた悲願であった。だが、諸々の法相は所対によって異ると、さればいま猊下の仰せ給う「事の戒壇」とは、この広布の時の「事相」に約し給うものでなく、所住の法体の「事」に約し給うたものである。即ち、戒壇の大御本尊おわします所は何処・何方にても直に「事の戒壇」と定義せられたのである。従って、曾っての御宝蔵も、また現在の奉安殿も「事の戒壇」であり、将来正本堂にお遷り遊ばせば同じく「事の戒壇」であるとの御意であられる。此のことは、昨年四月二十七日の大客殿に於ける御説法に明かである。即ち「この御本尊在すところは事の戒壇で、この御本尊が事の御本尊である。事の御本尊である故に、この御本尊在すところは事の戒壇でございます。だからその御本尊が、たとえ御宝蔵にあっても、あるいは唯今奉安殿に安置し奉ってあっても、あるいは今正に出来んとする正本堂に安置し奉っても、その御本尊在すところは何処・何方でも、そのところは即ち事の戒壇であります」と。猊下の御意は以て明かである。」

(「正本堂」に就き池田会長に糺し訴う)



に置き換えれば、戒壇の事と義の捌きに関しては完璧なんじゃないでしょうかね…。



とにかく「よく書けているな…。」ってのが私の率直な感想ですね。



おっと、これでは何の破折にもなりませんね…。気持ちを切り替えて、客観的に見ていきましょうかね…。






そもそも顕正会員の皆さんは、戒壇の事と義の意味がよく理解できていないってのが真実でしょう。これは上記のように、浅井会長には負い目がある故にどうしても隠さなくてはいけない部分があるからです。




そうです、法体に約しての“事”を隠そうとするが故に法体に約しての“義”というものが説明しきれていない…。




ここが問題なんですね。




同様のことは当時の御宗門にも言えると思います。




御宗門では逆に事相に約しての“事”をなるべく表にしようとしなかった…。それゆえに事相に約しての“義”というものの説明がほとんど無いのだと私は思います。




しかしながら、この臨時時局懇談会における日達上人の御指南に引用された依義判文抄の該当部分は、まさにその両面を日寛上人が御説明あそばされた内容であり、これを完全に把握すれば、戒壇の何たるかは自ずと見えてくるものなんだと私は感じます。



しかしまぁ皮肉なものですね…。



昔は“二重の事”をもって御宗門を攻撃していた妙信講が、今度は同じ“二重の事”をもって攻撃され、翻弄しなくてはいけないのですから…。




最後になりましたが、これは両刃の剣です…。




法華講員もうかうかしていると少しばかり頭の切れる顕正会員にやられてしまうと思いますよ。




あくまでも謙虚に、身を低くして学んでいかないとダメでしょうね…。
















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