顕正会の誤りについて:句読点について

顕正会の誤りについて

顕正会版日寛上人本尊は顕正会自作のニセ本尊です! 顕正会版日寛上人本尊には、本物と相違する決定的な証拠を残しております。 その真実をお教えいたします。パソコンの方はメールフォームで、携帯の方は管理人宛のコメントでご連絡ください。 ただし、現役顕正会員に限ります。          

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句読点について

前回は送り仮名をどうつけるかの難しさについてお話いたしました。

今回は句読点について話してみようかと思います。


例のごとく顕正会関連で申し上げるなら、句読点に関する問題の最大のものは昭和45年4月22日の臨時時局懇談会における日達上人の御説法に尽きるかと思います。


一昨年の顕正会三級試験の問七になった問題ですが、私も三級試験の破折に関しては尻切れトンボになっておりましたので、この機会に徹底的にこの問題を取り上げてみようかと考えております。

ただ、戒壇に関する諸々の説明から依義判文抄の該当部分の説明、更には浅井さんのトリックなど、非常に広範囲に話が広がりますので、今回は純粋に句読点が付くか付かないかでどう変わってしまうのか、句読点を付けるか否かというささやかな問題がどれだけ重要なこととなってしまうのかをお伝えできたらと思うものです。


それをもって前回の送り仮名の件と合わせて考えていただき、御書編纂という事業には多分に製作者の知識や解釈が盛り込まれるものであり、浅井さんが御宗門の御書を利用することがいかにナンセンスなことなのかを御理解いただけたら嬉しく思うものでございます。




前置きが長くなりましたが、本題に入ります。



この昭和45年4月22日の臨時時局懇談会に関する浅井さんの発言をまずは見てみましょう。


「私はさらに、猊下が引用した日寛上人の依義判文抄の文意について、お伺いした。実は猊下は説法の中で、次のごとく云われたのであった。

「日寛上人は『日蓮一期の弘法とはすなわちこれ本門の本尊なり、本門弘通等とは所弘すなわちこれ本門の題目なり、戒壇は文の如く全く神力品結要付嘱の文に同じ云々。秘すべし、秘すべし』と仰せになっている。ここが大事なところでございます。結要付嘱とはすなわち……本門の大御本尊であります。『(戒壇は)それと同じだ』と、はっきりここで日寛上人がことわっている。……だから結局は事の戒壇といっても、義も含んだところの事の戒壇、大聖人様の戒壇の大御本尊まします所が、すなわちこれ事の戒壇であるはずであります」と。

これは全くの曲会である。そこで私はお伺いした。

「猊下はいま『戒壇は文の如く全く神力品結要付嘱の文に同じ』との寛尊の御文を引き、御本尊と戒壇は同じであると仰せられましたが、依義判文抄の文意は、神力品結要付嘱の文と一期弘法付嘱書は、共に三大秘法を説き、そのうえ本尊・題目・戒壇と、説順も全く同じである、この甚妙を『秘すべし』と仰せられたのではないでしょうか。すなわち神力品においてはまず『以要言之』以下に本門の本尊を説き、『是故汝等』以下で本門の題目を説き、『所在国土』以下で本門の戒壇が説かれております。また一期弘法付嘱書では、『日蓮一期の弘法』は本門の本尊、『本門弘通』等とは所弘すなわち本門の題目、戒壇は『国主此の法を立てらるれば云々』の文のままでありますから、寛尊は『文の如し』と仰せられ、まさに釈尊から上行菩薩ヘの神力品結要付嘱も三大秘法、また日蓮大聖人から日興上人への御付嘱も三大秘法、そのうえ本尊・題目・戒壇と、三大秘法の説順も全く同じという甚妙を、ここに『全く同じ、秘すべし』と嘆ぜられたのであって、本尊と戒壇が全く同じという意味ではないと存じますが……」

猊下は沈黙された。」


(なぜ学会員は功徳を失ったか 65~66ページ)


ここで浅井さんは猊下が「文の如く」と「全く」との間に句読点を挟まなかったことに目を付けます。そして「戒壇は文の如く全く神力品結要付嘱の文に同じ」として、猊下が文意を取り違えているという錯覚を読む者に与えようとしているのです。


先にも申しましたが、この依義判文抄の文意については煩雑になるので後日に譲りたいと思います。


とりあえず本日はこの猊下の句読点をつけなかったことが、決して誤りではなかったことを述べさせていただきたいと思います。



まずは日寛上人の原文を見ていただきます。



依義判文抄 原文


これが日寛上人直筆の依義判文抄の該当部分です。

拡大写真はこれ、

依義判文抄 拡大写真


どうでしょうか?実際の原文には「文」と「如」の間には送り仮名が入っていません。勿論のこと句読点なぞも入っていないのです。

つまり、浅井さんのように「文の如し、全く~」と読むことも出来れば、猊下様のように「文の如く全く~」と読むことも出来るわけです。

同じく研究教学書第十二巻にも同じように記載されております。

研究教学書



それでは現在の御宗門の六巻抄ではどうなっているか確認してみましょう。


六巻抄表紙

六巻抄中身



「文の如し」と「全く」の間に「。」が入っておりますね。ようはここで文章をいったん区切っており、内容的には浅井さんの主張していることがより鮮明になるようになっております。


それでは顕正会版の六巻抄ではどうなっているでしょうか、

顕正会版六巻抄


顕正会版六巻抄中身


まぁ、ここまで武勇伝を喧伝するわけですから、抜かりはないですな…。しっかり「文の如し」と「全く」の間には「、」が挿入されております。


「。」ではなくとも、「、」が挿入されていれば、前の文と後の文は区別して読むのが人の性ですから、浅井さんの主張と相反することは無いわけです。


それでは当時広く読まれていた書籍の該当部分はどうなっていたかを見てみましょう。

先ずは日蓮正宗聖典、


日蓮正宗聖典表紙


日蓮正宗聖典中身


なんと、なんと、なんと、日達上人の仰せのままの表記なんですね。

もう一発、富士宗学要集第三巻を見てみると…、

冨士宗学要集


これもまた日達上人の仰せのままなんですよね。


つまり、当時広く読まれていた書籍における表記は日達上人の仰せの如くの「戒壇は文の如く全く神力品結要付嘱の文に同じ」なんです。


ですから、日達上人が「如」と「全く」の間に句読点を付けなかったのは何も責めるべき事ではありません。


そしてここに句読点を挿入しなかったことが文意を取り違えたと浅井さんは主張しているわけですが、これはまた大いなる誤りでございます。


浅井さんの主張する「一期弘法付嘱書と神力品結要付嘱双方に同じく三大秘法が秘められているということを秘すべし。と日寛上人仰せになっている。」ということは、少し勉強した者ならば誰でも理解しているのです。


そんなに大げさに威張らんでもよろしい。


肝心なのは、この日の御説法で日達上人は一貫して“御本尊の所住のところは戒壇にあたる。”ということをお述べになっているわけでございます。


その流れの中で該当箇所に触れたわけですから、本来の通釈としての浅井さんの論を表にすることなく、一歩踏み込んだ御指南になっているとみるのが正解でしょう。


ところで、ここまで読んでくださった皆様方の中には、富士宗学要集や日蓮正宗聖典でも句読点を打たなかったのに、浅井さんはそれを当時から見抜いていた…。なんと素晴らしい教学力だ、やはり富士の地下水にまで到達している…。な~~~んて感じた方もいらっしゃるかもしれませんが、残念でした!


顕正会版の六巻抄を作成するにあたってのひな形は既にあったのですよ。



学林版六巻抄


学林版六巻抄


これは御僧侶方が使用する学林版の六巻抄です。句読点がまんま顕正会版と同じでしょ?

そう、浅井さんはこれをパクったんでしょうね。(笑)

でね、これって発行はこの御説法の前なんですよ。


学林版六巻抄


浅井さん、バラしちゃってごめんね。


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Comment

 


初めまして。

今まで ずぅ~っとっ!! ロムっておりましたが、大変勉強になります。

凄いです!
宗門の方々の教学への姿勢にはケンショーとは天と地の違いの差を実感と致しました。

アサイー会長の悪を文証を以て白日の元に曝す明解さに感動しました。

これからも拝見させて頂きます。

宜しくお願いします。
  • posted by 二毛猫の銀 
  • URL 
  • 2013.03/17 10:17分 
  • [Edit]
  • [Res]

二毛猫の銀さんへ 

はじめまして。

昨日、近県の法華講員の方とお食事しました。

その方もいつもブログを見て下さっているそうですが、私のブログはコメントしづらいとおっしゃってました。

自分でも書いていて混乱する時が多々ありますので、差し支えなければ、「ここが今一つ理解しがたい。」とか、「こことここの繋がりをもう少し詳しく話てくれ。」とかのアドバイスを頂ければ幸いです。

この臨時時局懇談会の件は、今まで皆さん手付かずの部分だったと思いますので、何とかより多くの方にお伝え出来たらとも思っております。

今後ともよろしくお願い致します。

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