顕正会の誤りについて:道門増上慢

顕正会の誤りについて

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道門増上慢

 次の「悪世の中の比丘は、邪智にして心諂曲に、未だ得ざるを為れ得たりと謂ひ、我慢の心充満せん」との文は、三類の強敵の第二・道門増上慢を示されるのでありまして、これは「比丘」すなわち、僧だと言うのです。



 これは「邪智」の者であるというのですが、この邪智とは、正しい智慧ではなく、邪まな智慧をもって色々な策謀を行うということです。ですから、やはりこれも第一の俗衆増上慢と同様に、仏法において間違った考えを持ち、その指導的な立場の上から色々と正しい法を説く人に対して邪念を生じ、瞋りを生じ、その結果、この者を虐げ、迫害せんとして様々な策謀を凝らすというのであります。



 それから「心諂曲に」というのは、へつらい、おもねることです。これは、皆さん方にもそういう諂曲の命があります。つまり、強い者とか利害関係を握っている者に対してはペコペコして、たとえそれが間違っていると思っていても、「はい、さようでございます」と答えるような、そういう卑屈で卑怯な考えがある。そのかわり今度は、弱い者と見たならば、もう徹底していじめる。つまり、弱きに対しては強く、強い者に対しては諂うわけであります。



 これもまた、創価学会の職業幹部に当てはまります。ここで示されている第二・道門増上慢は僧侶に関する内容ですが、創価学会の職業幹部もまた、宗教の意味において集めたお金のなかから月給をもらって生活をしているわけですから、これはもう疑いなく、今日的な意味における僧と言えます。



 そういう人間が、正しい法を持つ者に対してあらゆる策謀を凝らして迫害し、それでいて、池田大作みたいな人間に対しては服従するのです。池田大作というのは魔の棟梁ですから、大作のためを思って一生懸命にやるような人間は、悪の同気、相通じて、ちゃんと判るのです。反面、そうでない者は徹底していじめて、ついには首を切ってしまうらしいのです。



 池田大作は大作で、自分に忠実な者だけをかわいがるわけであり、職業幹部は幹部で、かわいがってもらいたいために大作に諂いますから、大作も幹部も共に、「心諂曲」の人間に当たる次第であります。



 さらに、「未だ得ざるを為れ得たりと謂ひ」ということも当たっております。とにかく、創価学会の職業幹部も含めて、邪宗の僧侶のすべてに言えることは、真実の法、すなわち、下種三宝に帰依して信心しなければ正しい悟りは得られないのです。それを「得たり」と勝手に思い込み、それによって「我慢の心」が充満しておるというのが、まさに道門増上慢の姿であると言えるのであります。

(大日蓮 平成8年 7月号 32~34ページ)



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