顕正会の誤りについて:自称顕正会員バーズ博士を破す 2

顕正会の誤りについて

顕正会版日寛上人本尊は顕正会自作のニセ本尊です! 顕正会版日寛上人本尊には、本物と相違する決定的な証拠を残しております。 その真実をお教えいたします。パソコンの方はメールフォームで、携帯の方は管理人宛のコメントでご連絡ください。 ただし、現役顕正会員に限ります。          

Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

自称顕正会員バーズ博士を破す 2

自称顕正会員のバーズ博士なる者がまたおかしな反論をしているようです。


簡単に斬っておきましょう。


バーズ博士曰く、

「この「正本堂に就き池田会長に糺し訴う」に書かれた内容を理解するためには、当時の先生のご心境を拝する必要があります。

当時浅井先生は、細井日達の御遺命違背は本人の意思ではなく、学会の圧力によるものであるとし、あくまでも猊下(細井日達)の立場を守りつつ、元凶である学会のみを諫めたのです。そのご心境の表れが上記のような文章となったのです。ようするに先生は、細井日達が御遺命に違背していると知りながら、あえて庇った、ということです。」


まったくもってお話になりませんよね。


バーズ博士さんの感想を私は聞いているのでは無いのです。


顕正会員は論に詰まると、往々にしてこのような「浅井先生のお気持ちを拝察すると。」だとか、「時が来れば、浅井先生は全てをあかして下さる。」とか言って逃げますよね。


前回もバーズ博士さんは、


「確かに引用された文章は原文のままではありませんが、これは、要点だけを簡略化して書いてあるというだけのことで、改ざんなどというものでは決してありません。」


と、身勝手で顕正会員にしか通じないような言い訳を致しました。


これらは裏を返せば、


“現時点では、浅井会長からのこれらに関する明確な発言が存在しない。”


ということなのです。



つまりこれは、浅井会長の自語相違や、顕正会の主張の矛盾について突きつけた私どもの反論に対して、彼らは切り返しが出来なくなったということであり、結果として彼らの敗北を意味します。バーズ博士さんの言葉を借りれば、「あまり説得力のない主張ですね。貴方の今までの反論はあなたの推測でしかありません。」ということです。



というわけで、前回の大日連昭和45年9月号の引用に関する件、並びに今回の「正本堂」に就き池田会長に糺し訴うの2件に関しては私の勝ちを宣言させて頂きます。



次に御宝蔵説法の件ですが、そもそも御宝蔵説法は活字化されて表に公表される性格のものではありません。



ゆえに日達上人も浅井会長親子に対してその本をお見せくださったとしても、前後の文を隠したのでありましょう。また、基本的に表に公開されないのですから、日応上人のものだとの証拠を出せといっても、どだい無理な話でありましょう。



いわゆるそういう背景がある御宝蔵説法であるがゆえに、浅井会長も言いたい放題言えるのですよね。



つまり対決申し入れの時の「猊下との法論をさせよ!」とのパフォーマンスと同じ性格の主張であり、まともにとりあう必要など無いのです。



この彼らの主張をもって私どもを斬るには、まずは彼らが「日達上人は日応上人の説法本だと言って、日開上人の説法本を見せた。」ということの証拠を出さなくてはいけません。



お目通りの際の録音テープ、もしくはお見せ下さった説法本の証拠写真、並びに浅井会長が手に入れたという日開上人の説法本の写真。これらを提示できてこそ、顕正会の主張は世間にも受け入れられるのです。



ただ、これもまた不可能なことでしょう。



猊下へのお目通りをされた方はご理解頂けるかと思いますが、お目通りの際に写真撮影など出来るものではありません。ましてや先に申し述べた如く、御宝蔵説法の性格からして、メモさえも取るのもはばかれることでありましょう。



証拠が無いなら、何とでも言えるのです。




バーズ博士に再度要求致します。



“猊下とのお目通りの際の証拠、並びに浅井会長が後日手に入れた日開上人の説法本の証拠を提示せよ。”



質問返しなどの幼稚な行為はおやめなさい。



明確な返答が無い場合は、また私の勝ちを宣言致します。




最後に…、



「この訓諭の意味は、“正本堂は御遺命の戒壇となるべき建物を前以って建てたものであるから、広宣流布の暁にはそのまま「本門寺の戒壇」となる”というものであり、そして「時を待つべきのみ」の御制誡に背く重大な御遺命違背の訓諭なのです。

せっかく浅井先生が守ってくださったのに、細井日達は「正本堂は一期弘法付嘱書並びに三大秘法抄の意義を含む現時における事の戒壇」と断言してしまったのです。」



と、バーズ博士はのたまいますが、されば昭和45年9月11日の「御報告」にある、



“一・正本堂は三大秘宝抄 一期弘法抄にいうところの最終の戒壇であるとは 現時において断定はしない”



の、「現時においては断定しない」をどう説明するのでありましょうか?これまさしく「現時に於いては御遺命の戒壇ではないが、将来そうなる可能性は残している。」というもの以外の何ものでもありません。



これに関する明確な回答を求めます。















スポンサーサイト

Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント:投稿可能です。

ご案内

メールフォーム

名前:
メールアドレス:
本文:

プロフィール

トチロ~

Author:トチロ~
顕正会版日寛上人御本尊と、本物の日寛上人御形木御本尊には決定的な相違点が存在するのです。


そのような本物とは違う本尊に手を合わせてはいけません!




顕正会版日寛上人御本尊をお持ちの方はこちらを見てください。

右サイドメニュー

検索フォーム

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。