顕正会の誤りについて:自称顕正会員 バーズ博士を批判す。

顕正会の誤りについて

顕正会版日寛上人本尊は顕正会自作のニセ本尊です! 顕正会版日寛上人本尊には、本物と相違する決定的な証拠を残しております。 その真実をお教えいたします。パソコンの方はメールフォームで、携帯の方は管理人宛のコメントでご連絡ください。 ただし、現役顕正会員に限ります。          

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自称顕正会員 バーズ博士を批判す。

バーズ博士とのハンドルネームで正宗批判をしている方がいるようです。





私のことも名指しで批判しておられました。



捨て置くのがベストかとは思いますが、いちおう回答だけはしておきましょう。



「正本堂の誑惑を破し懺悔精算を求む」167~168の記述に関する私の批判は、先にありの金吾君のコメント覧でしたとおりです。再掲致します。


************************

とある顕正会員さんへ


トチロ~、トチロ~とうるさいからお邪魔しますよ。


>ならば、なぜ細井日達は以下のようなわけのわからないことを言ったのでしょう。

そこで細井管長は最後の一手として「天生原とは大石寺のある大石ヶ原のことである」とこじつけた。
 すなわち天・生・原の一々の字義を諸橋大漢和辞典によって、「天」とは至高、「生」とは蘇生、「原」とは源、等と解釈したうえで「天生原は無限の生命の源を表わしている。よって天生原とは最高独一の妙法の原、即ち本門戒壇の御本尊であります。……天生原こそここにありと信じてこそ、真実の我々の心である」(大日蓮45年9月号)と。
「正本堂の誑惑を破し懺悔精算を求む」167~168頁



訳がわからんのは浅井さんが原文をいじくりまくって書いてるからですよ。

『諸橋大漢和辞典』を引かれての説明の後には、『富士一跡門徒存知事』を引いて富士山ということを特定し、その上で四神相応の勝地について触れ、さらには百六箇抄にて富士山本門寺の本堂であると言及し、文底秘沈抄で本門戒壇所在の処を本門寺と号すべしとし、日宣上人のお言葉をもって広宣流布の暁には大石寺を本門寺と号するという説明を縷々致した上で、ようやく引用部分に入るのです。

それらをすっとばしているから訳が分からんのは当たり前です。


また、浅井会長が大日連昭和45年9月号の引用としている該当箇所の原文は、

「そうしてみますと、さきほど申した天生原を考えてみるときに、無限の生命の源を表わしておるところである。これは詮じつめれば、十界本有常住事の一念三千人法一箇独一本門の戒壇の大御本尊を意味することであると拝することができるのであります。なんとなれば、天は無上無限最高であり、生は蘇生の義であり、原は根源である。また、妙とは蘇生の義であれば、生とは妙なり。よって天生原とは最高独一の妙法の原、すなわち本門戒壇の御本尊であります。

 寛師の「本門戒壇の本尊即ち是れ不死の薬なり」と言われるとおりであります。ゆえに、百六箇抄に「三箇の秘法建立の勝地は」と申され、「富士山本門寺の本堂なり」と明示されておるのであります。

 今日、創価学会会長の申し出による大構想は、北は一の竹から南は妙蓮寺、下之坊に至る南北六キロ乃至八キロメートルに亘る大天生原の勝地で構成せんとしておるのであります。その中心をこの正本堂においてある。この正本堂を、事の戒壇、現時の民衆、衆生の懺悔滅罪即身成仏の大戒壇と拝して、少しも私は疑いないと思うのであります。

 いま、堀猊下が四神相応の地として、南は朱雀、汚地としております。今考えるとそれよりも南、下之坊の下の田尻の湿地帯があります。北は一の竹よりももっと北の朝霧から、あるいは毛無山、あれらの高原地帯を指してもよいのであります。

 この広大なる地辺こそ、すなわち四神相応の大石ケ原の大構想であると考える。天生原こそここにありと信ずることこそ、真実の我々の心である。」


と、これが原文であり、先の説明から通して読めば誰しも理解可能なのですよ。


それを意図的に切り文しているのは、卑怯ではないですかね?

だいたいが(大日連昭和45年9月号)と書いているのだから、一字の変更も許されないのと違いますか?


この浅井さんの姿勢を私たちにも納得できるように説明してください。


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とある顕正会員へ

君の言い訳は聞いていない。私の質問のみに答えよ。


『だいたいが(大日連昭和45年9月号)と書いているのだから、一字の変更も許されないのと違いますか?』


と、私は君に聞いておるのだ。

「天生原“は”【を考えてみるときに、】無限の生命の源を表わして“いる”【おるところである】。[これは詮じつめれば、十界本有常住事の一念三千人法一箇独一本門の戒壇の大御本尊を意味することであると拝することができるのであります。なんとなれば、天は無上無限最高であり、生は蘇生の義であり、原は根源である。また、妙とは蘇生の義であれば、生とは妙なり。]よって天生原とは最高独一の妙法の原、即ち本門戒壇の御本尊であります。……[寛師の「本門戒壇の本尊即ち是れ不死の薬なり」と言われるとおりであります。ゆえに、百六箇抄に「三箇の秘法建立の勝地は」と申され、「富士山本門寺の本堂なり」と明示されておるのであります。

 今日、創価学会会長の申し出による大構想は、北は一の竹から南は妙蓮寺、下之坊に至る南北六キロ乃至八キロメートルに亘る大天生原の勝地で構成せんとしておるのであります。その中心をこの正本堂においてある。この正本堂を、事の戒壇、現時の民衆、衆生の懺悔滅罪即身成仏の大戒壇と拝して、少しも私は疑いないと思うのであります。

 いま、堀猊下が四神相応の地として、南は朱雀、汚地としております。今考えるとそれよりも南、下之坊の下の田尻の湿地帯があります。北は一の竹よりももっと北の朝霧から、あるいは毛無山、あれらの高原地帯を指してもよいのであります。

 この広大なる地辺こそ、すなわち四神相応の大石ケ原の大構想であると考える]天生原こそここにありと信じてこそ、真実の我々の心である」(大日蓮45年9月号)


よいか、“ ”【 】で括ったところは改ざんである。また、[ ]で括ったところは意図的な削除である。

これらの小細工をしたうえで、(大日蓮45年9月号)として引用を明確化しているのだから、それは浅井会長の誤りでは無いかと聞いておるのだ。


君の言い訳など聞いてはおらぬ。


早く浅井会長の間違いを認めたまえ。


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と、このように私は回答したのです。

それに対してバーズ博士なる者は「確かに引用された文章は原文のままではありませんが、これは、要点だけを簡略化して書いてあるというだけのことで、改ざんなどというものでは決してありません。」と、同じ事の繰り返しを述べている。

要点だけを簡略化しているなら日達上人の御意はそのまま伝わるはずであり、「ならば、なぜ細井日達は以下のようなわけのわからないことを言ったのでしょう。」との発言もまた出てくるわけは無いのです。

既に彼の発言は支離滅裂になっているのです。

気づいていないのはご本人だけなのですね。




次に「どうですか、正本堂を指して“事の戒壇”と言ってますよ。」との件でありますが、


「申すまでもまなく、猊下がたまたま仰せになられた「事の戒壇」とは、宗門古来の定義とは全く別な意味であらられる。従来宗門に於ては、一天広布の暁に事相に立てられる国立戒壇を「事の戒壇」とし、その実現こそ宗門のいのちをかけた悲願であった。だが、諸々の法相は所対によって異ると、さればいま猊下が仰せ給う「事の戒壇」とは、この広布の時の「事相」に約し給うものではなく、所住の法体の「事」に約し給うたものである。即ち、戒壇の大御本尊おわします所は何処・何方にても直に「事の戒壇」と定義せられたのである。従って、曾っての御宝蔵も、また現在の奉安殿も、「事の戒壇」であり、将来正本堂にお遷り遊ばせば同じく「事の戒壇」であるとの御意であられる。」(「正本堂」に就き池田会長に糺し訴う 富士第140号 25~26ページ)


との浅井会長発言でバーズ博士の反論は一刀両断できるのです。


また、



************************


「一つは日開上人の御宝蔵説法本。これを細井管長はわざと日開上人の御名を隠したうえで『御相伝』と称し、次のように引用する。

 『其の本堂(原本は戒壇堂)に安置し奉る大御本尊いま眼前に当山に在(ましま)すことなれば、此の所即ち是れ本門事の戒壇、真の霊山・事の寂光土(じゃっこうど)』(大日蓮50年9月号)と。

 原本の『戒壇堂』を『本堂』と改ざんするのも無慚(むざん)であるが、許されないのは文意の歪曲である。(中略)

 しかるに細井日管長は、日開上人の御宝蔵説法の前文をわざと隠す、すなわち御遺命の戒壇を無視した上で、戒壇の大御本尊所住の処を直ちに『事の戒壇』といった。これ明らかに文意の歪曲である。」


と、あります。




長かったので途中を省略しましたが(スマンです)、ここに書いてあるように、細井日達は平気で改ざん・歪曲する輩なのです。




つまり、御遺命に違背してからの彼の説法などというものは、まったく信用できないのである。


************************

と、彼はのたまいますが、日達上人は正本堂をもって御遺命の戒壇とはいっていないのですから、御宝蔵説法の内容と何ら変わることはありません。ですから、批判されるいわれは全く無いわけです。


そして、ここで浅井会長は日開上人の御宝蔵説法だった…。つまり、日達上人は日応上人の御宝蔵説法だと偽って日開上人の文を見せたのだといっておりますが、とんでもない妄想としか言いようがありません。


顕正会員は御宝蔵説法がどのようなものか知らないから、上手く騙されてしまいますが、単に日開上人全集に載っている御宝蔵説法ににているから、そう断定したというにすぎないのでしょう。


何の根拠もないのですよ、浅井会長の言うことは。


それでも日開上人のものを日応上人のものだと日達上人が騙したというならば、その証拠をしかと提示して、批判をなすべきであります。






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Comment

顕正会のほうこそ改ざん? 

「一つは日開上人の御宝蔵説法本。これを細井管長はわざと日開上人の御名を隠したうえで『御相伝』と称し、次のように引用する。
 
『其の本堂(原本は戒壇堂)に安置し奉る大御本尊いま眼前に当山に在(ましま)すことなれば、此の所即ち是れ本門事の戒壇、真の霊山・事の寂光土(じゃっこうど)』(大日蓮50年9月号)と。
 
原本の『戒壇堂』を『本堂』と改ざんするのも無慚(むざん)であるが、」
 
この浅井本の記述が以前から気になっていたのですが、『大日蓮』の50年9月号って、昭和50年7月5日の「法華講青年部お目通りの際の御説法」のことですか?
 
そうだとすると、原文では、
「本宗相伝の戒壇の御説法に
『弘安二年の大御本尊とは即ち此の本門戒壇の大御本尊の御事なり−中略−本門戒壇建立の勝地は当地富士山なる事疑いなし、又其の本堂に安置し奉る大御本尊は今眼前に在すことなれば此の所即ち是れ本門事の戒壇真の霊山、事の寂光土云云」と、」
 
となっており、改ざんされたのではなく、最初から「本堂」となっていると思います。
 
「これを細井管長はわざと日開上人の御名を隠したうえで『御相伝』と称し、次のように引用する。」
とありますが、この日達上人の御説法では、最初から「御相伝」となっています。
日開上人の御名を隠したわけではないと思いますが?

NoTitle 

はい、そうです。浅井会長が引用部分だとしたのは、その部分です。大日蓮の原本では「元妙信講について」と題され、21ページに該当部分が載っております。

で、浅井会長が「原本は戒壇堂」と言ったのは、お目通りの際に日達上人が浅井会長に見せて下さった、日応上人のものだと思われる御戒壇説法の説法本の原本のことだと思います。

つまり、原本の説法本にはその部分は「戒壇堂」と記されていたということなのでしょうね。

ただ、本宗においては御本尊様の御在所は即戒壇と捉えるのですから、「戒壇堂」であっても「本堂」であっても、そう目くじらをたてることでは無いと思います。

実際に広宣流布した暁の御遺命の戒壇は、大石寺の本堂になることでしょうし、また、この浅井会長の難癖に限って言うならば、実際に日達上人が見せて下さった説法本が日応上人の物では無かったという確たる証拠なぞ微塵も無いのです。

しかれば、浅井会長の難癖など木っ端微塵に崩れ去るのです。

  • posted by トチロ~ 
  • URL 
  • 2011.12/31 04:55分 
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