顕正会の誤りについて:御内証

顕正会の誤りについて

顕正会版日寛上人本尊は顕正会自作のニセ本尊です! 顕正会版日寛上人本尊には、本物と相違する決定的な証拠を残しております。 その真実をお教えいたします。パソコンの方はメールフォームで、携帯の方は管理人宛のコメントでご連絡ください。 ただし、現役顕正会員に限ります。          

Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

御内証

私達が御僧侶方に常々ご指導されるのは、


“戒壇の大御本尊様への絶対の信をとること”

“御法主上人猊下に絶対の信をとること”


の二つなのです。

前回の三宝のお話で理解されたと思いますが、人法一箇の大御本尊様と、御法主上人猊下に信をとるということは、すなわち三宝に信をとるということになります。

つまり、三宝の御内証を信じることこそ大聖人様の仏法の一番の根本であり、それを外しては仏法も無ければ成仏も無いのです。

それでは顕正会をはじめとする、異流義の人達が間違っている部分はいったいどこにあるのでしょうか。



これは、僧宝たる御法主上人猊下におかれては、仏様の御境涯を御所持され、その御境涯の上から我々に御指南下されているという基本中の基本を忘れてしまっているところにあります。

顕正会に絞って論ずるなら、当時の御法主上人である日達上人が御指南下された戒壇に関する法義は、御所持される御内証の上からのものです。

つまり誤解を恐れずに言うならば、日達上人の御指南に異議を唱えるということは、大聖人様の戒壇に関する御指南に異議を唱えたことと同じ意味になるのです。


これが大聖人様が遺された仏法の根本なのです。


そこに違反をし、反省も無く、更なる攻撃を続けるような心根だったからこそ、顕正会の前身たる妙信講は破門されてしまったのです。


この御内証という意義はなかなか理解出来ないかもしれませんが、日達正宗信徒として本山行事への参加や、御登山を繰り返しているうちに、御僧侶方の猊下様に対する振る舞いなどを拝見して、何となく分かってくるかと思います。


それが理解出来ますと、僧宝たる御法主上人猊下を斬りつけることが、いかに恐ろしいことなのか。


御法主上人に敵対するということは、大聖人様、戒壇の大御本尊様にも敵対しているのと同義になるということ。


つまりそれは“法を謗ること”、いわゆる「謗法」に当たるのだということが分かってくるのです。
あれだけ神経質に謗法を身から遠ざけていたはずの顕正会員も、実はもっともっと重大なる謗法を知らず知らずに犯していたのだと知ることになるのです。



スポンサーサイト

Comment

御内証は難しいですね 

貎下様を信じ切ることの徹底は本当に大事だと思うようになりました。そうじゃないとどうしても本山を軽んじるような考えが出てきてしまいます。

顕正会員が謗法を極端なまでに忌み嫌いながら、実のところ大謗法を犯してしまっている根本が、貎下様への不信なんでしょうね。

ポリ銀さんへ 

猊下様の御内証を理解できなければ、御本尊様を仏様だとは捉えられないはずなんです。

それを形は御本尊様を仏様だと拝し、口では猊下様の悪口を言う姿は、換言すれば、

「君は本当のところは何も分かってはいないのだろ?」

ということになるかと思います。

それを気づかせてあげるのが我々の仕事だと思っています。


  • posted by トチロ~ 
  • URL 
  • 2012.11/09 14:53分 
  • [Edit]
  • [Res]

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント:投稿可能です。

ご案内

メールフォーム

名前:
メールアドレス:
本文:

プロフィール

トチロ~

Author:トチロ~
顕正会版日寛上人御本尊と、本物の日寛上人御形木御本尊には決定的な相違点が存在するのです。


そのような本物とは違う本尊に手を合わせてはいけません!




顕正会版日寛上人御本尊をお持ちの方はこちらを見てください。

右サイドメニュー

検索フォーム

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。