顕正会の誤りについて:池に映る月

顕正会の誤りについて

顕正会版日寛上人本尊は顕正会自作のニセ本尊です! 顕正会版日寛上人本尊には、本物と相違する決定的な証拠を残しております。 その真実をお教えいたします。パソコンの方はメールフォームで、携帯の方は管理人宛のコメントでご連絡ください。 ただし、現役顕正会員に限ります。          

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池に映る月

この御本尊様に相向かいお題目を唱えることにより、私達の胸中に仏界が湧現する様子を、日寛上人は文段の中で、池に映る月に例えておられます。



御本尊様に向かい、信を持ってお題目を唱える私達の胸中の池には、御本尊様という月が映るのだそうです。

私達の胸中に映った月は、月そのものではないにせよ、月の美しい姿はそのまま映し出される訳です。

ただし、誰の胸中にも月は映し出されるのかと言えば、そうではありません。

水が干からびてしまった池には月は映らないのです。

当たり前のことではありますが、ここが重要なのです。

たとえお月様は本物であっても、水がなければ映らないのです。



それでは、その水の有る無しの物差しとは何なのでしょうか。

それは“信”だと日寛上人は仰せです。

仏宝(大聖人様)、法宝(戒壇の大御本尊様)、僧宝(日興上人をはじめ代々の御法主上人猊下)への“信”があってこそ、はじめて私達の胸中には水が満々とみたされ、そしてその水に御本尊様という月が映し出されるのです。

この三宝への信が無い者、または三宝のうちの二つには信がとれても、残りの一つに信をとれないような者は、残念ながら月を映し出すことは出来ないのです。



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顕正会版日寛上人御本尊と、本物の日寛上人御形木御本尊には決定的な相違点が存在するのです。


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