顕正会の誤りについて:縁について

顕正会の誤りについて

顕正会版日寛上人本尊は顕正会自作のニセ本尊です! 顕正会版日寛上人本尊には、本物と相違する決定的な証拠を残しております。 その真実をお教えいたします。パソコンの方はメールフォームで、携帯の方は管理人宛のコメントでご連絡ください。 ただし、現役顕正会員に限ります。          

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縁について

私たちの胸中には十界が備わっておりますが、過去からの宿業によってどれかが表に顕れてくるだけではなく、縁に触れることによってもそれらが顔を出してくるのです。


例えば普段は穏やかな人であっても、車を運転している際に、乱暴な運転をする車に出会うとカチンときますよね。


これは乱暴な運転をする人の修羅界に触れて、こちらの修羅界が表に顕れてしまうのです。


このように、私たちの胸中には必ず十界が存在致します。


その中で、私たちが着目しなければいけないのは、仏様と同じ境涯である仏界です。


果たして自分ごときにそんな素晴らしい境涯が内在しているのかと、不安になるかもしれませんが、心配はいりません。必ず胸中には冥伏しているのです。


これは桜の木に譬えると理解しやすいかと思います。


桜の木は、春になると美しく立派な花を咲かせ、私たちの目を楽しませてくれます。


しかしながら、その季節を過ぎればどこにもその花の片鱗も見あたりません。枝を切ってみても、土から引っこ抜いても、綺麗なピンクの花は見当たらないのです。


しかし、春になると必ず美しい花を咲かせるのです。


これは、桜の木自体に春になれば美しい花を咲かせるという性質が内在しているからです。


寒い冬を乗り越え、日差しが柔らかくなり、陽気がポカポカと暖かくなってくると、それが縁となり、つぼみを膨らませ、やがて綺麗な花を枝いっぱいに咲かせます。


この春の陽気という縁が大事なのです。


実は私たちの成仏もまた同じなのです。


桜の木が綺麗な花を咲かせる資質を内在しているように、私たちも仏様と同じような境涯になれる仏界を内在しているのです。


そして桜の木が春の陽気を縁として、花を咲かせるように、私たちも仏界を開く為には縁が必要なのです。


この仏界を開く縁となるのが、実は御本尊様なんです。




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