顕正会の誤りについて:因 縁 果

顕正会の誤りについて

顕正会版日寛上人本尊は顕正会自作のニセ本尊です! 顕正会版日寛上人本尊には、本物と相違する決定的な証拠を残しております。 その真実をお教えいたします。パソコンの方はメールフォームで、携帯の方は管理人宛のコメントでご連絡ください。 ただし、現役顕正会員に限ります。          

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因 縁 果

私たちの胸中には十界がそなわっていることは顕正会で学んだことだと思いますので、個々の詳細については省きます。

この十界は、私たちの過去から現在に至るまでの行為(業といいます。)を“原因”として、どれかが“結果”として強く表に顕れてくることは、顕正会でも学んだのではないでしょうか。

ここで上記の“”でくくった部分をよく見て下さい。

“因”と“果”ですよね。

それでは私たちが朝夕の勤行で読みあげている方便品の最後を思い出して下さい。

「如是相、如是性、如是体、~」

と三回繰り返す部分です。

この「如是因」と「如是果」の間には何があるでしょうか?

そうです。「如是縁」とありますよね。

これが大事なのです。原因と結果の間には“縁”が存在するのです。

つまり、いくら過去において積んできた罪業が重いものであって、その苦しみを結果として受けなくてはいけない宿命を持って生まれてきたとしても、この“縁”に触れることによって“結果”は違う方向へと変化するのです。


この道理が無ければ、地獄界の人は地獄の境涯のまま死んでしまいます。餓鬼界の人は餓鬼界のまま、畜生界の人は畜生界のまま、修羅界の人は修羅界のままです。


これでは何とも救いようがないと言いますか、夢も希望もなくなってしまいます。


もちろん以前にお話した、“一切衆生を苦しみから救う。”という仏様の根本の願業も果たせなくなってしまいます。


ゆえにこの“縁”が大事なポイントなんです。


それでは“縁”について少し考えてみましょう。



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顕正会版日寛上人御本尊と、本物の日寛上人御形木御本尊には決定的な相違点が存在するのです。


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