顕正会の誤りについて:日顕上人 5

顕正会の誤りについて

顕正会版日寛上人本尊は顕正会自作のニセ本尊です! 顕正会版日寛上人本尊には、本物と相違する決定的な証拠を残しております。 その真実をお教えいたします。パソコンの方はメールフォームで、携帯の方は管理人宛のコメントでご連絡ください。 ただし、現役顕正会員に限ります。          

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日顕上人 5

「今は国民主権だから、国主というのは今ではたしかに民衆なのです。けれども、政治の在り方等というものは、いつどこでどう変わるか、未来のことは判りません。」



現在の日本の政治形態は仏法に説かれる方程式にそのままピシッと当てはまらない矛盾点が存在することは先に述べました。


それを何とか無理矢理に押し込もうとするのか、どうなのかをここで説かれている訳であります。

当時の“建築許可証”との表現は当に現時点での制度下に押し込もうとしたものであったのでしょう。


しかし、それは誤りだったと申されている訳です。


それでは浅井さんの主張のごとく国会での議決を経て憲法改正をし、天皇陛下に国主としての権威を回復すれば良いのかと言えば、これまた違った意味で現在の制度下に押し込もうとしている姿に他なりません。


このような考え方の全てを否定しながら、本来の大聖人様の御心のままに戒壇建立の条件とその意義を拝していくべきだとするのが、御隠尊猊下のお言葉の真意かと思います。



そしてそれを総括するごとく、

「戒壇というのは事相だということを、大聖人もおっしゃっておりますように、事相なのだから、実際の相というものはその時でなければ明確性が顕れません。よって『三大秘法抄』『一期弘法抄』の戒壇ということは、まさにその時が来た時に、本門戒壇の大御本尊様を根本と拝しつつ、その時の御法主がその時の実状に即した形で最終の戒壇を建立するのだ」


と述べられた訳です。



さて、ここまで読んでくださった顕正会の皆さんに質問です。



現在の御宗門の戒壇に関する見解と、顕正会の見解には差はありますか?


御宗門から離れていなければならないという理由はありますか?



今一度冷静に考えてみて下さい。



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顕正会の事相とは 

事相をもって判断されるのが日蓮正宗の考えだとすると、事相を勧請ないしは出現させようというのが顕正会運動思想の根底にあるように思いますね。

つまり顕正会運動主義者から言えば、間違った事相が存在することになります。そこで、政治思想云々といった是非を論ずるような主張が、浅井さんの口から出てくることになりますね。

ポリ銀さんへ 

大聖人様の御心をそのままの形で拝していかなければならないと私は思うのです。

つまり、現時点での法制度下の戒壇建立の手続きというものが、大聖人様のお考えになられているものと相違しないのか?


ここが問題であると思います。


現在のシステムに押し込んで「こうだ!」と決めつけることが、むしろ大聖人様の御心とは別の方向に行ってしまうことを御隠尊猊下は警告されているのではないでしょうか。


そういった観点から見るならば、「建築許可書」も間違いならば、「天皇の詔勅だ、国会の議決だ」と断定するのもまた行き過ぎになってしまうのかもしれません。


どちらにせよ、時が来れば自ずとその形ははっきりとしてくるでしょうし、その時を待ったうえであれば、必ず大聖人様の御心とは違わない政治形態になっているものと私は信じるものです。


  • posted by トチロ~ 
  • URL 
  • 2012.11/06 06:20分 
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