顕正会の誤りについて:日顕上人 4

顕正会の誤りについて

顕正会版日寛上人本尊は顕正会自作のニセ本尊です! 顕正会版日寛上人本尊には、本物と相違する決定的な証拠を残しております。 その真実をお教えいたします。パソコンの方はメールフォームで、携帯の方は管理人宛のコメントでご連絡ください。 ただし、現役顕正会員に限ります。          

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日顕上人 4

浅井さんの正論とは何か…。




それは、この文に秘められた守護付嘱なんです。


守護付嘱とは国主に対して為されるものです。民主主義の世の中では国民が国主に相当するとは言っても、国主と国民は分けて説かれているのが仏法です。


その現在の日本が抱えている矛盾を世間法を優先させて矛盾点に目を向けさせなかったのが、当時の論なのです。


しかしながら、御隠尊猊下は“もっと深い意義”として拝するべきであることを述べられました。


つまり、“勅宣ならびに御教書”の一節に、国民とは別個の存在たる国主を想定し、その者に付嘱されたる守護付嘱の存在を暗に示しておられるものと私は拝しました。



その証拠が次の文章に続いていく訳であります。


(つづく)
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Comment

引っ越しました 

前に使ってたNECのブログが接続不良とメンテナンス続きなので、はてなの方に引っ越しました。よろしくお願いします。よかったらリンクして下さい。

さて、守護付属の問題は今の法華講員さんの間でも見解が分かれていますね。僕の周りの学会から移って来られ方は、ほとんど守護付属については御存じないか、過去の政治体制のもので主権在民の今は無意味と思っているようです。GHQにしてやられた感がたっぷりです。

でも、僕も日興上人の「存知」を典拠として、本門戒壇建立と一天四海本因妙広宣流布は別の次元で考える必要があると思っています。日本の本化国主が守護付属に目覚め、王城が富士に移る時、謗法退治の戦いが始まると思っています。折伏行と謗法退治は次元の異なる話だと思っています。

折伏行はあくまでも慈悲による個人の修行ですが、大聖人様が果たせなかった国主主導の公場対決は、相手から信教の自由を剥奪するものです。今の日本人には最もアレルギーが出る話ですね。

ポリ銀さんへ 

いま御開扉終わりました。

戸田さんの巻頭言集がお手元にあったら調べてみて下さい。

面白いですよ。
  • posted by トチロ~ 
  • URL 
  • 2012.11/04 14:37分 
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