顕正会の誤りについて:日顕上人 3

顕正会の誤りについて

顕正会版日寛上人本尊は顕正会自作のニセ本尊です! 顕正会版日寛上人本尊には、本物と相違する決定的な証拠を残しております。 その真実をお教えいたします。パソコンの方はメールフォームで、携帯の方は管理人宛のコメントでご連絡ください。 ただし、現役顕正会員に限ります。          

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日顕上人 3

「あの二書は正本堂が出来る時と出来たあとだったが、浅井の色々な問題に対処することも含めておるわけで、強いて言えば全部、正本堂そのものに関してのことなのであります。」



この“浅井の色々な問題に対処することも含めて”という部分もこれまた重要です。


先に紹介したように、この2書は“広宣流布以前の戒壇建立を是認”するような内容もあったにせよ、その大部分は浅井さんの間違った戒壇義を破すものでありました。


ゆえに浅井さんはこの2書を会員には読まれたく無いために、“悪書Ⅰ、悪書Ⅱ”として顕正会の書籍には取り上げ、内容に関しては自身に都合の良い部分しか引用しない訳です。


ですから、“強いて言えば全部、正本堂そのものに関してのことなのであります。”として、正本堂が解体された以上は、あの内容は全て誤りであり、その証拠を消そうとしたと勘ぐるのは全くのお門違いであります。


次に、

「けれども、今考えてみると、やはり今は、勅宣・御教書は、その現代的な拝し方としても、そういう軽々しいものとして考えるべきではなく、もっと深い背景的意義を拝すべきと思うのです。」

ですが、これは非常に重大なお言葉です。


顕正会では戒壇建立の時期と手続きと場所を問題に致します。


時期と場所に関しては、顕正会と御宗門にはさしたる見解の相違は無いのです。


こまかな相違はあれども、そんなものは大した問題ではありません。


ただし、この手続きをどう解釈するかが大きな問題であり、顕正会はこれを“国家意思の表面である”とします。


しかしながら、“国家的スケールの戒壇建立”を御宗門は認めておりますが、“国家を人格がある有情とは認めない。あくまでも国主が対象なのである。”との依正不二の原理からの国家安泰の大原則を説かれているのが御宗門なのです。


このような浅井さんの浅い教学の間違いはあったにせよ、御隠尊猊下の上記お言葉は、それ以外の浅井さんの正論を大幅に認めるものとなっているのです。


続きは次回。


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