顕正会の誤りについて:日達上人猊下お言葉

顕正会の誤りについて

顕正会版日寛上人本尊は顕正会自作のニセ本尊です! 顕正会版日寛上人本尊には、本物と相違する決定的な証拠を残しております。 その真実をお教えいたします。パソコンの方はメールフォームで、携帯の方は管理人宛のコメントでご連絡ください。 ただし、現役顕正会員に限ります。          

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日達上人猊下お言葉

先の昭和50年9月号のお言葉を全文掲載いたします。


これを通して読めば、いかに浅井さんが自分勝手に文意を改ざんし、かつ猊下の本意云々の自己申告が嘘っぱちかが分かろうかというものです。


少し長いですが、読んでみてください。


*************************


 法華講の皆さんが妙縁寺関係の方々を中心に団結して私を初め我が宗門を誹謗する元妙信講の者達と戦っておられることを聞いて本当にうれしく思います。




 この数年間、いろいろな出来事もありましたが、とにかく元妙信講の一件ほど不愉快かつ迷惑なことは他にありません。又、本宗七百年の歴史の間、魔がつけ入らんとしていく度か異流義も出ましたが、しかし元妙信講ほど無体な、そして卑劣なものは例を見ないと思うのであります。



 およそ人たるもの、自分の信念を述べるに当って、あくまで自分の意見として公にすべきであると思うのであります。宗門の公式見解はこうなっておるが、自分の意見はこうであるというように、正々堂々と述べるべきであります。ところが浅井昭衛は、法主である私の名前を利用し、「私が浅井親子だけに内意を打明けた」と宣伝しておるのであります。浅井個人の考えに、私の考えであるというレッテルを張られては、私としてはたまったものではありません。しかもその内容が私が公の席で、手続きをふんだ上でそれこそ何度も何度も口がすっぱくなるほど繰り返し言明した旨と正反対であるというのですから、なおさら許せません。云うなれば、私がうその訓諭や説法をして全世界の人々をあざむいているということになってしまいます。そんなことがあるはずのないことは常識ある方々には、すぐわかってもらえると思います。仮に私が本心を打明けるにしても、よりによって講頭親子にすぎぬ浅井ごときまったく信用の置けない人物に打明けようはずのないことは自明の理でありましょう。



 しかしながら、元妙信講のなかで今なお浅井についておる人々はどうも洗脳されて頭がおかしくなっておるらしい。普段から寺院と切りはなされて浅井の言うことが私の言うことだときかされていたためか、今になっても正しいチャンネルの切りかえができないらしく、浅井の荒唐無稽な話を信じてさわいでおるから困ったものであります。



 私も法主という立場上、総本山の種々のしきたりがあり、みだりに人と会うことも難しい地位にあります。そのことを利用して何も知らない人達を「国立戒壇こそ法主の内意である」などとあざむくことは卑劣この上ないやり方であり、宗門史上かつてない猊座に対する冒涜であると思うのであります。ことは私の名誉にもかかわることであり放置しておけば宗内のみならず世間までさわがせる結果になりかねませんので私は断固たる措置をとります。とともに、今日、ここに見えられた皆さんは私から直接聞いたことの証人となって多くの人に今日の話を伝えて下さい。



 浅井昭衛のいう内意云々はまったくの虚言であり、訓諭及び説法以外に私の真意はないことを、元妙信講に人々にもはっきり伝えて下さい。それでもなお迷いからさめず、ぐずぐず云うなら、それは本人の自由で、もはやこちらの関与するところではありません。法主の指南がきけず、浅井の指南を聞こうというそういう人は、もはや本宗の信徒と認めるわけにはまいりません。その旨、はっきり伝えていただきたいのであります。



 私には法主として、宗開両祖以来連綿たる法門を厳然と守り、かつ一千六百万信徒の信仰を安穏ならしめる責務があります。その上で仏法のもとにあらゆる人々を平等に待遇し、一人残らず成仏することを毎日祈念いたしております。



 今、冷静に考えますとき、浅井昭衛という男も、迷える哀れな人物であるがさればといってその狂気じみた妄想のために清浄なる法灯と一千六百万信徒を犠牲にするわけには断じてまいりません。故に私は公平無私な立場で断固たる措置をとりました。だれはばかるところのない私自身の判断であり、それが正しかったことは時がたてばたつほど確信を持って来ております。浅井らはこれを怨んで私に対していろいろと云っておるようであります。私が信徒の圧力で云うことも云えない臆病な法主であるとか何とか、とにかく失礼千万なことを、こともあろうに「法主を守る」と称して云っているのであります。




 私は法主の座について以来の方針として、現在の時代性にかんがみ信心の道をふみはずさぬかぎり信徒の自主性を重んじ、伸び伸びと信行にはげまれるよう心がけてきました。信者の方々の意見にもできるかぎり耳をかたむけるよう努力してきました。ただし仏法にそむくと思われるときは、ささいなことでも一つ一つはっきりと指摘してきております。相手がだれであろうと、法主として云うべきこと、なすべきことは一つとしてゆるがせにしておらず、宗門の権威は少しもきずつけることなく次へゆずるつもりであります。




 とにかく宗門の混乱は、その立場・資格にないものが「相伝を受けた、内容を知っている」とか「法主から特別の使命を与えられた」と主張するところからおこり、何も知らない信者が付和雷同して大きくなっていくものであります。こういうことをいい出す人には、必ず何らかの野心か下心があることは、過去の実例が証明しております。





 とにかく宗門のことは、他の人をたのむ必要は何もありません。私は、必要なことは全部自分でしますし、自分の意見は自分で云います。よけいなおっせっかいは無用であります。皆さん方には私がだれの指図でもない自分で云っていることはよくおわかりいただけると思います。又、一人の信者に差別して特別なことを云ったり、使命を与えるようなことをするはずがないではありませんか。



 御遺命の戒壇について、浅井らは、執ように「国立戒壇」とくりかえしております。戒壇についての私ならびに本宗の見解は、訓諭をはじめとして既に何回も公にしたとおりであります。大聖人の仰せは本門事の戒壇である。本宗相伝の戒壇の御説法に「弘安二年の大御本尊とは即ち此の本門戒壇の大御本尊の御事なり―中略―本門戒壇建立の勝地は当地富士山なる事疑なし、又其の本堂に安置し奉る大御本尊は今眼前に在すことなれば此の所即ち是れ本門事の戒壇真の霊山、事の寂光土云云」と、常に説き示されて居る如く、本門事の戒壇の御本尊在す所が事の戒壇で誰が建てたからと云う理由で事の戒壇となるのではありません。このことは既に数年前から私が申し述べている所であります。



 右のことは日寛上人の三大秘法御説法を日相上人が科段に分けた御文を参考、ここに添付します。



 浅井らは何ら教義上の反ばくもなく、ただ先師がどうの、私が昔云ったのと云うだけであります。私は、昔云ったことはあるが、今は云わないと云っておるのであります。



 私の信念は不動であります。未来永遠にわたり、国立ということはなかろうと確信しておるからであります。



 浅井らは、人のやることに干渉せず、自分達の力で、やれるものならやってみればよいと思うのであります。但し、国立というのは本宗の教義ではないので、元妙信講が日蓮正宗と名乗ることだけは、今日限りやめてもらいたいのです。法律がどうのこうのという問題とは別の次元で、管長として、法主として、もはや日蓮正宗信徒でないものが、日蓮正宗という名称を使うことを止めよと命ずるのであります。




 二人の僧侶が、浅井らに紛動され浅井に顎使されていることは誠に残念であります。松本、八木等が浅井の所に行かないように私をはじめ関係者で何回となく説得し、道を誤らせまいと思って忠告をかさねました。



 しかし結局彼らは「自分の信念で行動する」「元妙信講と運命を共にする」「擯斥覚悟である」と言うものですから、宗教に生きる身として自己の信念に殉ずるは止むを得ずと思い、彼らの望むとおり擯斥処分に付したのであります。彼らの言うことが本当ならむしろ本望であったろうと思うのであります。



 ところが二人とも今になって、擯斥処分が重すぎるとか、自分は元妙信講とは別である、などと卑怯未練ないつわりごとを申し立てて訴訟ざたに及んでいるのであります。



 八木ごときは最近では月一万円の衣鉢費がなければ食っていけない。などと泣きついておる始末です。まことに僧侶の風上におけぬはおろか、人間としてもどうかと思われるのであります。多勢の人で成立っておる宗門において、一時の気まぐれや、わがままは許されません。かりそめにも、法衣を身につけていた者であれば、もっと正々堂々と男らしい出処進退を心がけてもらいたいものであります。



 第一線で戦っておられる皆さんが確信をもって行動できますように以上の如く私の胸中をお話ししました。



 元妙信講らは、何かと云えば暴力をちらつかせ、正しいことを云っていさめる者に対しては集団で毎夜いやがらせに押しかけたり、個人攻撃をするということであります。大望を口にするにしては、まことにふさわしくない愚劣な手口でありますが、皆様におかれましては一歩もひくことなく、厳然と戦われんことを期待いたします。



 「百の言葉より一つの実行」という言葉があります。日頃、正義感を口にし、論議を盛んにする人も、いざというとき、日和見しては何もなりません。いざというとき一身を挺して事に当る人こそ真の仏弟子であろうと思うのであります。その意味で、皆様の振舞いはまことに貴いものであります。



 私のもっとも信頼する法華講の皆さん、どうぞよろしくお願い致します。




(大日蓮 昭和50年9月号 19~23ページ)



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Comment

心が…頭が… 

トチロ~さん
こんにちは(^-^*)/

このお言葉…
文章を読み頭と心が
スッキリと晴れ渡りました

顕正会で教えて貰った事は丸っきり嘘で
真実はこれだと再確認しました

ありがとうございました
  • posted by 無月 
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  • 2012.10/14 11:11分 
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修羅の謀りに引っかかった愚者 

僕自身の創価・顕正の38年という時間は、愚者の歩みでした。

浅井さんの「根本原因」を読んだのが、平成3年の19歳の時でした。未熟な大学一年生でしたが、あの本を読んだ時の打ち震えるような感激は忘れられません。「本物がここにあった!」と思ったのです。

でも、よくよく思い起こせば、私はあの創価学会から御宗門への誹謗が始まった頃、一度も正宗寺院を訪ねていませんでした。自分の所属寺院に帰郷した時に、一度でも足を運べば良かったと思っています。しかし、あの時期は御僧侶のなかにも離脱僧となる人も伏在しておりましたし、なかなか正法には逢えなかったかも知れません。魔の力とは壮絶なものですね。

今は本当によかったと思えますが、この20年よく死なずにおれたものです。顕正会でも若くして亡くなった幹部もおられますから。

池田さんや浅井さんは修羅の人なのですね。修羅といえば怒りっぽい人と思い込んでいましたが、正宗にきてよくよく十界論を勉強しなおしてみると、単なるおこりんぼうさんとは違うようです。

修羅界の自我の本質は 「 虚栄心 」 にある。実質を伴わない栄誉を求めるあまり、種々の悪行を行なってでも、それを得ようとする。また、うわべを飾りたがる見栄、虚栄心に満ちている。そして心の内面では、自らの利益追求とより高い地位の獲得にほん走する。その結果、修羅界の衆生が行なう善行というのは、同じ善行でも「 下品、中品の善行 」を行ずるのである。同じことは悪行についても言える。つまり悪行ではあるが、あまり凶悪、極悪でない部類の悪行を行なう。善行についても同じで、あまり高等でない方の善行を行なうところから 「 下品の善心を起こす 」(摩訶止観)とある。「(修羅界は)人を軽しめ、己を尊ぶ」(摩訶止観)ともあり、自らの欲望を充足させるためには他者の幸福を顧みない。目的の達成のためには、手段を選ばない、非法で卑怯な手段でも強引に使うところがある。 では、なせ阿修羅王たちは、生き物をむやみに殺してはならないとする「 不殺の法 」 を知っているのであろうか。 正法念処経には 「 前世において仏から不殺の法を習っていた」 とあり、阿修羅王は仏に偉大なる力があることを体験的によく知っており、そのため過去世に仏の説法を聞いているのである。そのことが今世における心の作用として、
不殺の行を行じせしめるとしている。

このような阿修羅王も法華経の会座おいては、天竜八部衆)の一角に加わり、法華経並びにその行者を守る
守護神としての誓いを立てている。(法華経序品第一)

池田さんや浅井さんは大聖人様のすごさは知っているし、一分の信心はあるのでしょう。でも、どうしても自分が一番でなければ気が済まなかったということでしょうか。
  • posted by ポリ銀 
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  • 2012.10/14 11:29分 
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以前にこの記事を御住職様に見せて頂きましたが、本当にショックでした。

日達上人がここまではっきりと発言されてますね。

これ程日達上人を悩ました男、浅井昭衛は、今も恨み辛みグチグチと幹部会で話してると思うと、ゾッとします。

こんな悪人に、未だ騙されてる妻も本当に憐れです。

命はやはり師匠に似るもので、今日も自分勝手な行動をしておりました。

私は昨晩、御住職様から有り難い指導を頂いていたお陰で、常識もった行動が取れました。

顕正会と正宗では歴然の差があります。
  • posted by §ASAGI§ 
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  • 2012.10/14 19:30分 
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NoTitle 

自分はこちらの御言葉を、国会図書館にある「大白法」のほうで知りましたが衝撃でした!

浅井会長の自己申告を信じている顕正会員に読ませたいですね!

真相 

浅井会長の諫暁書や顕正新聞を見る限りでは正しい真相は分らないものですね。
私も初めは浅井会長が日達猊下と直にお話して猊下に正本堂問題で広宣流布が達成しないのに「事」の戒壇にしようと御遺命破壊をしていると信じ込んでいたものでした。
今思えば、猊下に直接モノを言える立場にあった事すら怪しいもです!
浅井マジックに簡単に掛かってしまい
本当に無知でした(・・;)
今度娘に会うときは、この、日達猊下の御言葉も話してきます。
  • posted by さくら 
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  • 2012.10/17 15:54分 
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さくら様 

僕もさくらさんと同じ罠にはまりました。

僕もさくらさんと同じく学会→顕正という道を歩んでしまいましたから。そのきっかけは浅井さんの「宗門・学会抗争の根本原因」という一冊の本でした。

よくできた本で、浅井さんが嘘や誇張をしていないという証拠などないままに、学会に疑問を抱き宗門にも不信感を持っていた僕など、イチコロで信じ込んでしまいました。

まだ19歳だったので、公然と嘘をつく人が書籍まで出版するとは思っても見ませんでした。

僕は法門談義はしないようにって誓ったので、むしろ浅井さんの主張の変化や、彼の作った顕正会の組織の姿をみることにしました。

そうすると…変な人が一杯ですね(笑)。

世間の人より人格的におかしい人が一杯の団体ですね。

戒壇がどうのよりも前に…慈悲がない!

ただの不逞人士の集まりでした。
  • posted by ポリ銀 
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  • 2012.10/17 23:41分 
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無月さんへ 

そうなんですよ。

顕正会の一番の誤りは、「浅井さんの自己申告を真実だと思い込んでいる。」ということだと思います。


訓諭及び説法以外に私の真意はないことを、元妙信講に人々にもはっきり伝えて下さい。


との日達上人の仰せのごとく、判断の基準は活字になった正式文章によるものでなくてはならないと思います。


これから顕正会員と対峙するときは、反論の証拠は訓諭、並びに御説法にて明示せよと迫ってみてください。


おそらく反論は不能になると思いますよ。

  • posted by トチロ~ 
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  • 2012.10/18 19:41分 
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ポリ銀さんへ 

人間だれしも自分が一番大事だという気持ちはあるものですが、それも行き過ぎると周囲を巻き込んでの不幸な状態となるのでしょうね。

自分を犠牲にしてでも他人を救いたいと願うところに、菩薩の境涯の根本があるような気がいたします。

それに気づき、為すことが出来るかどうか…。

それが大事なのだと思います。

  • posted by トチロ~ 
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  • 2012.10/18 20:31分 
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§ASAGI§さんへ 

遅ればせながら先週の御講の時に妙教を買って、§ASAGI§さんの体験発表を読ませていただきました。

顕正会に御自身の奥様や子供さんたちを残してしまっておられる方に送って差し上げようと、直ちにもう一冊購入いたしました。

奥様の件、時間はかかっても必ず解決すると思います。

§ASAGI§さんの変わっていく姿を間近でご覧になっているのは、他でもない奥様なのですから…。

  • posted by トチロ~ 
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  • 2012.10/18 20:38分 
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セロリさんへ 

国会図書館まで足を運ばれたのですか…。顕正会員に爪の垢でも煎じて飲ませてあげたいですね。

そもそも原本に当たらなければ、その主張するところの真意は分からないと思います。

ましてや浅井さんは切り文して文意を180度変えてしまっているわけですから…。

そのような浅井マジックを徹底的に暴いていくのが私たちの仕事でしょうね。

これからもお互いに頑張りましょう。

  • posted by トチロ~ 
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  • 2012.10/18 20:51分 
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さくらさんへ 

顕正会員の立場ですと、猊下様にお目通りすること自体がどれだけ大変なことかが分からないのだと思います。

ましてや大奥でお目通りを頂くのではなく、猊下様が御下向されて一信徒と話し合うということが、どれだけ普通では無かったことなのかということも…。

それだけ真摯に向き合って下されたのに、それを利用して浅井さんの都合の良いように捻じ曲げられたからこそ、日達上人はここまでお怒りになったのでしょうね。

娘さんへの折伏頑張ってください。

さくらさんの気持ちが通じる日は必ずやってくると思います。

  • posted by トチロ~ 
  • URL 
  • 2012.10/18 20:58分 
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ポリ銀さんへ 

顕正会が正しいのなら、一生懸命にやればやるほど、人格は練れてくると思うのです。

されば幹部たるものは菩薩の境涯が表に滲み出してきていて当然ではありますが、実際には正反対の姿を現じて居られる…。

これこそが顕正会が誤っている何よりの証拠だと私も思うものです。


  • posted by トチロ~ 
  • URL 
  • 2012.10/18 21:02分 
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