顕正会の誤りについて:日淳上人 2

顕正会の誤りについて

顕正会版日寛上人本尊は顕正会自作のニセ本尊です! 顕正会版日寛上人本尊には、本物と相違する決定的な証拠を残しております。 その真実をお教えいたします。パソコンの方はメールフォームで、携帯の方は管理人宛のコメントでご連絡ください。 ただし、現役顕正会員に限ります。          

Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

日淳上人 2

それでは今回の建白書に引用された日淳上人の御言葉を見ていきたいと思います。


「この元朝勤行とても…二祖日興上人が宗祖大聖人の御遺命を奉じて国立戒壇を念願されての、広宣流布祈願の勤行を伝えたものであります 」 (大日蓮・昭和34年1月号)


と浅井さんは引用しておりますが、またまた「…」がありますね。それではこの省略された部分にはどのような言葉が隠されていたのでしょうか。これは実は折伏理論書でも確認できます。


「「この元朝勤行とても、宗勢が発展した今日、思い付きで執行されたというものでは勿論なく、二祖日興上人が宗祖大聖人の御遺命を奉じて国立戒壇を念願されての、広宣流布祈願の勤行を伝えたものであります 。大石寺大坊棟札に『修理を加え、丑寅の勤行怠慢なく、広宣流布を待つべし』とあるのが、それであります。」(大日蓮三十四年一月号)と。」(折伏理論書 174ページ)


赤字で記した部分が省略された「…」の部分です。(青字は建白書では端折った部分です。)


たいした長文でもないのに…、また折伏理論書では省略されていないのに…、なにゆえ今回だけは省略されたのでしょうか?




心静めて考えてみるに、昨今の法華講員による顕正会批判は甚だ厄介であるがゆえ、些細な穴をも突っ込んでくるのを慮って、突っ込まれる前に証拠を消してしまおうとでも考えたのでしょうか。


しかし悪いことは出来ないものです。こうやって「…」などと記すから、かえって気づいてしまうということだってあるのですよ。




つまりこれもまた浅井さんの悪意の引用なんです。


それでは日淳上人の原文を見てみましょう。


「  御慶


 昭和三十四年元朝の御慶を申しのべます。

 日蓮正宗近時の宗勢進展は、洵に、日本仏教史上にもない、出来事でありまして、広宣流布を願業として、七百年来、苦難の道を歩んできた、吾が宗としては、只々慶賀にたえない次第であります。此処数年来、本山大石寺は勿論末寺寺院の元朝勤行は、広宣流布の暁はかくもあろうかと思う程の盛況さであります。この元朝勤行とても、宗勢が発展した今日思いつきで執行されたというのでは勿論なく、二祖日興上人が、宗祖大聖人の御遺命を奉じて、国立戒壇を念願されての、広宣流布祈願の勤行を伝えたものであります 。大石寺大坊の棟札に「修理を加え丑寅之勤行怠慢なく広宣流布を待つ可し」とあるのが、これであります。(以下略)」 



日淳上人の原文は以上のようになっているのですね。


つまり、浅井さん特有の「国家意思の表明を以って建立するのが国立戒壇である!」ということを日淳上人は言いたいわけでは無く、このお言葉の趣意は「学会の折伏の成果で現在この元朝勤行も盛況を極めている。しかしながら、元朝勤行並びに丑寅勤行は広宣流布、御遺命の戒壇建立を祈願されて日興上人以来脈々と伝えられてきたことであり、それを心にとどめ、更なる精進を期待します。」との意でありましょう。


浅井さんはそれを適当に切り刻んで、強引に“日淳上人も国立戒壇を奨励しているのである。”とやっているわけです。


この姑息さが理解できますか?




たしかに日淳上人の文章には国立戒壇という言葉は出てきますが、そうそう頻繁でもないわけです。ましてや新年の辞において国立戒壇の語が出てきたのは、これ一回きりなんです。




しかも上記原文を見れば、単に国立戒壇という語は使用はされていますが、これを御遺命の戒壇と置き換えても何の支障もないわけですし、このお言葉自体、日淳上人が言いたいことは他の点にあるわけですから、このお言葉を利用して浅井さんの国立戒壇論を擁護しようとするのは、日淳上人もさぞや御迷惑されていることでありましょう。



顕正会員の皆さんも早く気づくべきです。



浅井さんは御宗門の原文を顕正会員の皆さんが確認できないことを利用して、ここまで好き勝手にやっているのですよ。



これこそが浅井さんの洗脳テクニックなのです。



次回はもっと酷い引用を紹介いたします。




スポンサーサイト

Comment

 

今一見えて来ないんですが、アサイさんの立てたい国立戒壇てのは、国で立てると言いますが、主体は「国」=「政府」なんですかね?

それとも「天皇」なんですかね?

6000万人の投票やって、選挙で立てることに決まって、立てたら誰が国立戒壇を管理するんですかね?

仏法に素人の「国」に、全人類の命である御戒壇様を任せるつもりなんですかね?

何で素直に大石寺に任せないのですかね(^_^;)
  • posted by §ASAGI§ 
  • URL 
  • 2012.10/09 11:30分 
  • [Edit]
  • [Res]

§ASAGI§様 

お元気ですか?私も苦しみながらも正宗から離れず頑張っています。

国立戒壇という言葉は信心をしていない人から見れば、昔の国家神道体制のような宗教ファシズムを連想させますし、信心している人からも国家が外護するのではなく、国家の所有物になるように思われてしまいますね。

おそらくそういった無用の誤解を生じさせやすいので、宗内での名称使用禁止になったのだと思います。

イギリス国教会というのがありますが、あそこはエリザベス女王がやはり教会のトップになります。国教というのはやはりそういうもので、名は体を表しているのです。

日蓮正宗は決して日本国教宗ではなく、御法主上人貎下様を貫主とした、世界の宗教ですね。本国土が日本にありますよということだと思うのです。事の寂光土は、架空の極楽や天国ではなく、この地球ですよって教えるのが、日蓮正宗の使命だと思うのです。

浅井さんの論法だと、世界中の人がひざまずく対象が、戒壇の御本尊様ではなく、日本国ということになりますから、誇大妄想的な八紘一宇と重なってしまい田中智学の邪義になってしまうのでしょうね。
  • posted by ポリ銀 
  • URL 
  • 2012.10/10 02:15分 
  • [Edit]
  • [Res]

§ASAGI§ さんへ 

改めて問われて、ふと考えてみると、確かに現在の浅井さんの主張に一貫性が無いことに気が付きました。

6000万の顕正会員でことが決するならば、天皇陛下の帰依は必要ないのでしょうか?

また、戒壇の大御本尊様をお護りしているのは猊下様なのですから、こちらもまた説得に当たらなければならないはずです。

たとえ6000万の顕正会員が出現しても、その後には天皇陛下への折伏、猊下様から顕正会が認められるという二大難事を越えなければ戒壇建立は出来ないはずですよね。

  • posted by トチロ~ 
  • URL 
  • 2012.10/10 10:23分 
  • [Edit]
  • [Res]

ポリ銀さんへ 

そうなんですよね。

決して御宗門は御遺命の戒壇を捨てたのではなく、浅井さん特有の御遺命の戒壇に関する考え方に問題アリとしているわけです。

そこをミソクソ一緒にしてしまって、御宗門は御遺命の戒壇を捨てたのだ、御遺命を破壊したのだと浅井さんは顕正会員に教え込んでいるわけですから、本当に節操が無いといいますか、どうしようもない人だと私は思います。

  • posted by トチロ~ 
  • URL 
  • 2012.10/10 10:30分 
  • [Edit]
  • [Res]

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント:投稿可能です。

ご案内

メールフォーム

名前:
メールアドレス:
本文:

プロフィール

トチロ~

Author:トチロ~
顕正会版日寛上人御本尊と、本物の日寛上人御形木御本尊には決定的な相違点が存在するのです。


そのような本物とは違う本尊に手を合わせてはいけません!




顕正会版日寛上人御本尊をお持ちの方はこちらを見てください。

右サイドメニュー

検索フォーム

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。