顕正会の誤りについて:日昇上人慶讃文 1

顕正会の誤りについて

顕正会版日寛上人本尊は顕正会自作のニセ本尊です! 顕正会版日寛上人本尊には、本物と相違する決定的な証拠を残しております。 その真実をお教えいたします。パソコンの方はメールフォームで、携帯の方は管理人宛のコメントでご連絡ください。 ただし、現役顕正会員に限ります。          

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日昇上人慶讃文 1

前回までは建白書の冒頭の地震に関しての浅井さんの矛盾を指摘してまいりました。


次に「正系門家の御遺命違背」なる部分について書いていきたいと思います。



今回の建白書の一番の目的は地震云々では無く、この浅井さんの主張する国立戒壇論を御当代御法主日如上人猊下が肯定するか、もしくは真っ向から否定するか…。それを浅井さんは伺いたいとの思惑でありましょう。



内容は以前からの焼き直しにすぎませんから、猊下様が肯定するなどということは万分が一にもありえないことではありますが、御宗門としての返答が無いからといって、このまま戯言を放置しておくわけにはいきませんので、少し書いてみたいと思います。



まずは前段部分に関してですが、御宗門において御遺命が破壊された事実は無いのでありますから、顕正新聞1251号の1ページ目に関しては相手にする必要もありません。「御遺命の破壊は無かった。」これだけで十分であります。



それでも異議を唱えてくる輩には、どこが御遺命破壊なのかを具体的事例をださせた上で、その文証の全文を提示して論破していけば良いだけのことです。



次に浅井さんの薄汚い洗脳テクニックを指摘いたします。



2ページ目の日昇上人の奉安殿慶讃文ですが、



夫れ戒旦の本尊は宗祖日蓮大聖人の本懐、末法衆生の帰命の法体、一宗依止の当体なり。宗祖大聖人弘安二年十月十二日之れを建立して、血脈付法の二祖日興上人に身に当て給るところなり、身魂を盡して護持し大石の寺に奉安し、一閻浮提の座主日目上人に付嘱してより、血脈の法主歴世に奉戴し、或る時は校倉を、或る時は土蔵を宝蔵として奉安し、専心に守護し、国立戒旦の建立を待ちて六百七十餘年今日に至れり。国立戒旦こそ本宗の宿願なり。三大秘法抄に『戒旦とは王法仏法に冥じ佛法王法に合して王臣一同に三大秘密の法を持ちて、乃至、勅宣並に御教書を申し下して建立する所の戒旦なり』と之は是れ宗祖の妙法蓮華経が一天四海に広宣流布の時こそ之の時なり。未だ時到らずと雖も、今次本宗創価学会は折伏之れ命として只管広宣流布に邁進して居るのである、その功ありて信徒の増加は未曽有の実を示し、例月の登山参拝者は一山に充ち宝蔵開扉の願主一堂に溢る。茲に法華講大講頭たる、創価学会々長戸田城聖大発願を起し、近代的様式による耐震耐火の大宝蔵を建立して寄進せり。血脈付法の法主を継げる日昇之れを受納して、戒旦本尊奉安殿と名付け、今落慶の式を行う、此処に戒旦本尊を永久に安置し奉るなり。『時を待つべきのみ事の戒法とは之れなり』の金言を身に体し、必ず来るべき国立戒旦建立の暁まで守護すべし、後々の法主も一心同体たるべきと確信す。願くば宗祖大聖尊の法魂安穏に常住しましまさんことを。」



これが浅井会長が良く引用する部分の原文です。


黒字が今回の建白書で引用した部分。


青字は過去に顕正会の書籍等で顕正会員が目にしている部分。


そして赤字がいまだに浅井さんが隠し、顕正会の書籍では紹介していない部分です。


どうでしょうか?




全文を通して読むと、少し捉え方は変わってくるのではありませんでしょうか?


なんで浅井会長はいつも不自然な「…血脈付法の法主を継げる日昇…」という……を入れるのでしょうか?


続きは次回書きたいと思います。


顕正会員の皆さんは何回も何回もこの全文を通して読んでみてください。


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